日本代表 2020.09.14
【再録・ジャパン_08】 徳永祥尭[2019年4月号/解体心書]

【再録・ジャパン_08】 徳永祥尭[2019年4月号/解体心書]

[ 編集部 ]

 浜松で生まれ、3歳で埼玉へ引っ越し、6歳の時に神戸は宝塚に移り住んだ。父・吉昭さん(吉は本来、下の横棒が長い文字)は、野球、陸上、大学では柔道に打ち込んだ経験があり、母はバドミントンをプレーした。長身は、水泳選手だった祖父から受け継いだ。幼少から体格がよかったやんちゃ坊主、神戸に来るなり、入ったばかりの園でケンカをしてしまう。

「そんなに力があり余っているのなら、と母が考えて、僕をラグビースクールに入れた。市役所で入会を受け付けていて、幼稚園でケンカした子と一緒に申し込みました」

 リーダー格だったその子とは、ケンカしたあとにすぐ仲良くなったのだとか。

「知らない土地に来て、最初に本音、本気でぶつかってきてくれた相手だったので、そのぶん早く打ち解けた。ホリっていうんですけれど、彼の存在が今の僕につながっている。俺ら二人そろったら、何でもできそう−−そんな気持でした」

 しかしホリくんは中学受験で関西学院へ。相棒と分かれ公立中へ進み、スクールでラグビーの楽しさを教わりつつ、高校は関学へ行くと決めた。

「高校でまた、あいつと一緒にラグビーをしたくて」中1の冬から親に頼み、進学塾に通った。見事に願いをかなえ、関西学院高等部へ。3年時には花園出場も果たした。大学は、高校からの内進生も多かった関西学院大へ。幼少時の出会いが楕円球の道しるべになっている。これと決まれば無心に取り組める質は、この時期までに心根に染みた。

 大学4年時は関西Aリーグ全勝優勝。チームの殻を破った。東芝でもチームメイトの金泰(大阪朝鮮高)ら、高校時代にキャプテンを務めたリーダーが揃い、戦う集団を作った。主将(現・大阪ガス)の強烈なキャプテンシーの元で、集団の意識を高めて勝ち取った優勝だった。

「僕にはないものなんですが、やっぱりキャプテン経験者はすごい。はじめは目的意識が違っていた同期や後輩を、少しずつでも変えていく。そのまま仲間を放っておかない」

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