日本代表 2020.06.29
【再録・ジャパン_05】福岡堅樹[2013年4月号/解体心書]

【再録・ジャパン_05】福岡堅樹[2013年4月号/解体心書]

[ 編集部 ]

「2浪すると、もうラグビーするのに体がついていかないと思ったんです。特に自分の場合、スピードタイプなので。だからいまは、ラグビーに決めた。医学の道はいったん諦めて、まずは筑波に入学してラグビーをプレーしようと思ったんです」

 なぜ、この大学なのか。

「高校の先輩がたくさん入っていて、優しくしてもらっていたのもありますし、試合を見たときのチームの雰囲気がすごく明るくて」

 2年生の竹中祥(WTB)の影響もあった。

「竹中と最初に知り合ったのは中3のときの全国選抜大会。決勝で竹中のいる東京スクールと当たって、こいつすげえな…と思ったのがヤツでした。その時は喋ったりしなかったけど、高2のときに九州×イーストジャパンの試合があって、ファンクションで会話をしてから付き合いが始まった。一緒に筑波でやろうよ、みたいな話になった」

 友は予定通り現役で志望校に入ったが、福岡は医学部の意志を貫いたから時間がかかった。「浪人するだろうな」と覚悟のあった1年目は、行きたいところだけ受けようと、筑波大だけを受験。玉砕も、後悔なんてなかった。

天王寺高校でラグビーをしていた父・綱二郎さんの影響もあって5歳で楕円球を追い始めた。玄海ジュニアに入る。小学校時代はずっとSO。中学でWTB、FBをやった。

 「玄海は楽しむことをモットーにやっていたので、練習も楽しく笑顔でプレーしていました。それでラグビーが好きになれた」

ラグビースクールが盛んな土地。同学年にもビッグネームがいた。

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