ワールドカップ 2025.08.26

【イングランドを好きになりたくてもなれない人の取材記①】物価高、ホテル詐欺、満員電車…

[ 明石尚之 ]
【イングランドを好きになりたくてもなれない人の取材記①】物価高、ホテル詐欺、満員電車…
(写真左)上空からのイングランド。おそらくテムズ川(右)真夜中の香港国際空港

 いまから4日前の8月22日、ロンドンに向けて成田空港を発った。
 無論、ワールドカップ2025イングランド大会に臨む女子日本代表を取材するためである。

 フライトは香港経由。夜中の1時過ぎに着いた空港には、ほとんど人がいなかった。

 地下に降りると、24時間営業のマクドナルドがあった。
 空港の職員10名弱が横並びでハンバーガーを頬張っている光景は、ワンチームって感じで微笑ましかった。

 食後はベンチで寝ている人を観察し、見よう見まねで体を横にした。たいして眠れなかった。

 それなのに、ロンドンまでの約10時間、その大半を座席のモニターにあった「モノポリー」(ボードゲーム)に費やしてしまった。結局、一度も勝てなかった。

 夕方にはヒースロー空港に降り立ち、1泊1万円のボロ宿へ。
 数週間前にロンドンへ旅行した友人から「物価が高過ぎる」と聞かされていたけど、2年前のフランスW杯で経験していたから免疫はついているだろうと思っていた。

 ところがどっこい。スナック菓子1袋600円、500mlの水400円、サンドウィッチ1000円…。どれも払いたくない。
 この先は、試合会場に設けられたメディアワークルーム内にある無料の果物やクッキーで空腹を満たすことになりそうだ。

 気を取り直して夜は、その友人が「基本的にご飯が美味しくないロンドンで一番美味しかった」というステーキハウスに向かった。
 ビール、ステーキ、マカロニチーズで6000円。これがベストと言われると、先が思いやられた。

 決してまずくはないのだが、どうしても肉を噛むときに値段がチラつく。「値段と味が釣り合ってないのでは?」と、心の中で店員に何度も尋ねた。

『ハリー・ポッター』のロケ地となったキングクロス駅にも寄った。列車に時刻表は文字ばかりで見にくい

 翌日は、サクラフィフティーンがアイルランドとの初戦を戦うノーサンプトンまで足を運んだ。
 ロンドンから鉄道で1時間と近い。小さな町だった。

 駅からスタジアムまでの道中、歩道の防護柵や壁に編み物の装飾が施されていた。
 ロンドンではW杯の気配をまったく感じられなかったので嬉しい。

 地元の婦人会に所属する方々が、大会日程、対戦カードが決まってから作ったそうだ。
 傑作は郵便ポストの上にあった人形たち。うまいことスクラムを組んでいた。

 黒と白のジャージーだから、ブラックファーンズとレッドローズだろう。毛糸の種類を変えて、肌の色を多様化していたのも粋だった。

 メディア用の入り口がわからず、スタジアムのそばをうろうろしていたら、サクラフィフティーンを乗せたバスが真横を通り過ぎた。
 その姿をチームスタッフに見られたようだ。恥ずかしい、恥ずかしい。

 12時半過ぎには、キャプテンズランが15分限定で公開された。
 バックスリーはベリック・バーンズBKコーチと入念にキック処理を確認していた。

 取材対応したのは、CTB古田真菜、HO公家明日香、バーンズコーチの3人。選手2人の表情からは、緊張と期待が混ざっているように映った。

◆キャプテンズランの詳報はこちら

 初めてのW杯に挑む公家が「初めてというプレッシャーは特にない」と言えば、2大会目の古田は「WXVを2年経験しているメンバーがほとんどで、大きい大会でも地に足つけて戦う準備ができている」と語った。

 前回大会を経験しているメンバーは32名中19名。平均キャップ数は23と、出場国でもっとも若いチームだった前回大会の12から大きく上昇した。

 対するアイルランドは、前回大会の出場を逃している。平均キャップ数も、先発15人は25(日本は32)。
 前年のWXVではブラックファーンズを破る快挙こそ成したが、経験値の浅いメンバーだ。

 しかも、現地で購入した英・ラグビーワールド誌によれば、FWにけが人が続出。特に「最高のジャッカラー」と評されていた、PRエリン・キングの欠場は大きな痛手とあった。

 サクラフィフティーンに追い風が吹いているのではないか。
 そんな期待を抱きながら市内に戻った。

 しかしまもなく、ハプニングは起きた。

 数千円をケチってホテルではなく、ゲストハウスを予約。これが間違いだった。

 地図に示された場所に向かうと、建物はあっても入り口が見当たらない。
 狭い裏路地にあったドアの周辺は、下水道の管が壊れていたり、ゴミが散乱していたりで腐乱臭がキツい。そして、ドアが開かない。

 呆然としていると、同じゲストハウスを予約した男子4人組と遭遇。お互い困り顔でその辺をしばらくうろうろした。

 宿主に予約サイトAg◯da経由でメッセージを送っても返答なし。詐欺だと悟り、急遽近くのホテルを予約した。
 詐欺は英語でscam。新しく英単語を覚えられたことに感謝して、帰国したら3万6000円を回収するために戦うと決意した。

 不運は夜も続き、ホテル近くのナイトクラブから重低音が体に響いた。3時に目が覚める。
 ノーサンプトン、ひいてはイングランドの評価がどんどん下がっていった。

(写真右下)編み物で町を彩った婦人会の方々。左の写真がその作品たちの一部(右上)キャプテンズランの際に別メニュー調整となった松田凜日。復帰はもう少し先か

 気を取り直して決戦当日。ホテルのエレベーターで、マダムから「GO! JAPAN!」とエールを送られ、「ブライントンの奇跡はワンダフルだった」と2015年の日のことを伝えてくれた。

 世界ランキングはアイルランドの5位に対し、日本は11位。勝てばもう一度イングランドの人たちに大きな衝撃を届けられるはずだった。

 しかし、試合には勝てなかった。最終スコアは14-42。トライでは4本差がついた。

◆試合のロングリポートはこちら

 サクラフィフティーンは、この「8月24日」に各々がどういう姿になっていたいかを紙に書いた。
 それだけ大きなターゲットとして臨んでいた。だから、涙を堪えきれない選手も多かった。

 レスリー・マッケンジーHCも称えたように、前半の内容を踏まえれば後半の修正力は素晴らしかった。
 ただ、ここはW杯。開始20分で3トライを先行されては、挑戦者が勝つのは難しい。

 悔やまれるのは、あのインターセプトよりも前半の戦いぶりだ。
 目の前の相手を見てどうこうするというよりも、自分たちが準備してきた戦術やサインを遂行しようという気持ちが強過ぎる気がした。伸び伸びとプレーしているアイルランドに対し、やや縮こまっているように感じたのもそのためだろう。

 外側にスペースと人数が余っていたのに、裏へキックを狙ったシーンがあったし(結果的に相手のラインアウトスローは乱れ、マイボールのチャンスとなった)、コンタクト局面での激しさが特に序盤は足りなかった。

 長田いろは主将は試合後、「自信は消えない」と言った。
 ノックアウトステージ進出には2勝が必須。前回大会王者であるブラックファーンズとの第2戦は、マストウィンとなった。

 1万3053人を集めたフランクリンズ・ガーデンズではこの日、もう1試合おこなわれた。
 南アフリカ×ブラジル。奇しくも、ここをホームとするノーサンプトン・セインツのカラー、緑と黄色のジャージーがぶつかった。

 ミックスゾーンでの取材を終えた頃には前半を終えていたが、後半40分だけでも逸材をたくさん見られた。

 南アフリカのNO8アセザ・ヘレは、2季前まで日本製鉄釜石シーウェイブスにいたセタ・コロイタマナを彷彿とさせた。
 体は大きいのに細かいステップにはキレがあり、スピードもある。抜群のラインブレイク力で幾度もロングゲインを勝ち取っていた。

 12番のアフィエ・ングウェヴは、背番号が付いていなければ、プロップと勘違いする人が大半だろう。
 調べてみると165センチ、88キロ。フッカーの選手よりも大きくて重かった。

 SHのナディン・ロースはかつて、ながとブルーエンジェルスでプレー。パリ五輪代表らしくランで光り、個人技で局面を打開していた。

 66-6と圧勝した南アは、80分を過ぎても自陣から攻めた。
 こちらもパリ五輪代表、WTBアヤンダ・マリンガが、チェスリン・コルビ並みのスピードで左サイドを独走する。ブブゼラの音が鳴り響いた。

 しかし、レフリーのホリー・デビッドソンはTMOでのチェックでラストパスの前にオブストラクションがあったと確認(2022年に女性で初めて男子のテストマッチを吹いた)。ノートライとし、まもなくノーサイドの笛が鳴った。

 その日の夕食は中華料理をいただいた。巷に広がる『イタリアに行ったらイタリア料理を、フランスに行ったらフランス料理を、イギリスに行ったら中華料理を食べろ』は本当かもしれない。
 敗戦の落胆を吹き飛ばすほど美味だった。勝手にビブグルマン認定である。

(写真左上)いつでも陽気な南アフリカのファンの方々(左下)快晴に恵まれたフランクリンズ・ガーデンズ(右上)2023年に就任し、アイルランドを一気に飛躍させたスコット・ベマンドHC(右下)ジャパンの記者会見は日本国内のメディアに向けてもおこなわれた。途中で通信が途切れ、レスリーHCは「Wi-Fiシンダ」と笑った

 試合翌日は、編集長からのLINE電話で目が覚めた。
 早朝(日本の昼)にリモート会議をする予定だったが、うっかり時差を間違えていたのだ。

 会議が始まって1時間後にアラームが鳴る。現地の人らしくFから始まる4文字を小声で呟いた。

 主題は次号の大まかな企画検討(今月号は昨日25日に発売!大学写真名鑑付き!)。
 W杯のリポートは、カラーページでたくさん展開できそうだ。

 ただ、くだらない珍道中を載せるスペースはなさそう。だから、いま書いている。

 この日はサクラフィフティーンもエクセターへの移動で取材対応はなかった。
 それならばと、午前中は鉄道で30分弱で行けるラグビー校に向かった。

 駅を降りた瞬間から「rugby」の文字が目につく。
 Chat GPTいわく地名がそのままスポーツの名前になったのは、メジャーなスポーツではラグビーとバドミントンくらいらしい(バドミントンは英・グロスターシャー州にある)。

 そう思うと、歩いているだけで喜びが込み上げてきた。
 やがてウェブ・エリスの像が姿を現し、隣接されたミュージアムではギルバートの歴史も確認できた。

 それからバーミンガムを経由して約4時間。イングランド南西の町、エクセターになんとか着いた。
 途中、満員電車を経験した。駅員が後方のドアから車内前方をめがけて「もっと詰めろ」と怒鳴った。私の耳元で、だ。

 タイトルには①と付けたが、次戦まではエクセター滞在が決まっている。
 何も起きなければ、続きはない。

(写真左上)ラグビー校のグラウンド(左下)ウェブ・エリス像(右上)ゴミ箱にも「rugby」(右下)ラグビー駅
(写真左上)ウェブ・エリス・ミュージアムには日本のコーナーもあった(右下)ラグビーマガジン別冊「ラグビークリニック」の創刊号も(左下)床屋のガラス窓にもラグビーボール
【筆者プロフィール】明石尚之( あかし ひさゆき )
1997年生まれ、神奈川県出身。筑波大学新聞で筑波大学ラグビー部の取材を担当。2020年4月にベースボール・マガジン社に入社し、ラグビーマガジン編集部に配属。リーグワン、関西大学リーグ、高校、世代別代表(高校、U20)、女子日本代表を中心に精力的に取材している。

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