国内 2025.03.31
もがき続けた先に。辻野隼大[京産大→コベルコ神戸スティーラーズ]

もがき続けた先に。辻野隼大[京産大→コベルコ神戸スティーラーズ]

[ 藤田芽生(京産大アスレチック) ]

 競技人生初めての挫折は1年時だ。中学、高校と入学してすぐにレギュラーになれたが、京産大では難しかった。

「オレの方がいいやろってずっと思っていました。なんで見てくれへんねって」

 ただ振り返れば、コーチ陣に苛立ちを募らせるのは誤りだと気づく。
「自分の成長を止める考えでもあったのかなって。いまになって思います」

 己と向き合えた2年の夏、一歩踏み出す。SOが充実していたチーム状況を冷静に見て、廣瀬佳司監督に「FBで勝負したい」と伝えた。

 すると、先発の機会は得られなかったが試合には絡めた。「波がある」と指摘されれば、素直に受け止めて修正を図った。

 チャンスが巡ってきたのは秋の関西リーグ最終節(近大戦)。レギュラー組の急な体調不良で、当日に15番を背負うことが決まった。

 そこで爪痕を残し、そのまま選手権でもスタートに。しかし、いざジャージーを掴めば、チームの代表としてグラウンドに立つ責任を痛感した。

「それまではずっと試合に出たい気持ちばかりやったけど、試合に出るということはこういうことなんやって。自分のせいでチームが負けるかもしれない。その重みが分かった」

 3年目はチームの主軸になる。関西リーグ3連覇と選手権ベスト4に貢献。キャプテンの三木を支えながら、自身もリーダーシップを発揮した。
 その姿が認められ、最終学年で共同主将のひとりに選ばれる。

 しかし、この1年には後悔が多く残った。「あかんかったな、キャプテンになったら」。すべてを背負い込んでしまっていたのだ。

 中学から全カテゴリーでキャプテンを任されてきたからこそ、一人ですべて解決しようとした。
 ともに共同主将を務めたソロモネ・フナキ(現・神戸S)にさえ、助け舟を出さなかった。

「自分で全部やり過ぎました。もっと周りを頼ればよかった。後悔やな、それは」

 京産大には全国各地から選手が集まる。それぞれの「正しい」がある。
 意見の異なる集団を束ねる難しさは、これまでとまったくの別物だった。

「チームには導く人が必要です。背中で語る人にはみんなついていく。でも、自分は口で言うタイプやったからあかんかった」

 その言動でチームを何度も変えようとした。

 2年時の選手権の準決勝では、早大に1点差(33-34)で惜敗するも、点差以上の差を感じたからだ。

「いまのラグビーでは勝てない」とリーダーたちで話し合い、コーチ陣に抗議もした。変化はなかった。
 積み上げてきた伝統や文化は、そう簡単には変えられない。

「絶望しました。また同じ1年、2年を過ごすのかと」

 4年時も動いた。

 菅平での夏合宿で、明大に大敗した。課題に挙がったのはセットプレー。チームの根幹だからこそ、そこで優位に立てなかった際の次の一手がなかった。

 その状況を打破したかった。

 スクラムではフッキングのスキルを向上させて、たとえ劣勢であってもクリーンにボールを出す。
 その後のフェーズアタックにも、トレーニングの時間を割く。
 ディフェンスのシステムも整理する…。

 しかし、その主張は通らなかった。日本一を目指す目標は同じなのに、思いはすれ違う。

 結局、秋にその課題は表面化した。関西リーグの前半戦は、前年の下位校に勝利もするも失点を重ねた。
 終盤の関西学院大戦では関西リーグで4年ぶりに敗れる。セットプレーで後手に回り、ディフェンスではソフトなトライを許し続けた。

 最終節の天理大との優勝決定戦も勝ち切れず、4連覇を逃す。選手権では早大に敗れ、4年連続の準決勝敗退。ついに壁を破れないまま、大学ラグビーを終えた。

「(メンバーの)力はあったのに、準備しきれなかった。すごく後悔しています」

 京産大が次のステップに進むためには足りないものがある。

「全員が同じ絵を見ること。いろいろな人のビジョンを混ぜて作っていくのがチームだと思います」

 それが4年間もがき続けてたどり着いた答えだ。
「頑張れば(日本一は)手の届くところにあるのに、そこに対する思いが口だけになっていると思います」

 もどかしいことも多かったけれど、得られたものも多かった。
 培ったスキルやリーダーシップを、コベルコ神戸スティーラーズがかってくれたのだ。

 2年時の2月に神戸製鋼OBの元木由記雄GMの伝手で、スティーラーズの練習に参加する。
 1週間の練習と練習試合を経て、夢を叶えられた。

 いま、さらに闘志を燃やすのは、同期入団のフナキがアーリーエントリーですでにリーグワンデビューを飾ったからだ。熾烈なバックロー争いを勝ち抜き、先発出場を続けている。

「負けずに努力して、ジャージーを着たい」

 これまで数多くの成功と失敗をチームの最前線で経験してきた。もがき続けた先に、喜びがあると知っている。
 目標を叶えるその日まで、辻野隼大は走り続ける。

PICK UP