コラム 2016.10.10

4年目の萌芽(ほうが) トヨタ自動車ヴェルブリッツ CTB春山悠太

4年目の萌芽(ほうが) トヨタ自動車ヴェルブリッツ CTB春山悠太
花園での近鉄戦でプレーするトヨタ自動車のCTB春山悠太(撮影:太田裕史)
 見せ場は後半8分にやって来た。
 春山悠太は敵陣ゴール前で、SH岩村昂太からの長いパスを受ける。緑色のアウトサイドCTBは178センチ、85キロの体で、左外から内側へ斜めに猛ラッシュ。SO重光泰昌とラックサイドに立つFWの間に切れ込み、前のめりに倒れる。すぐさまボールを後方にリリース。次の展開でPR吉田康平がインゴールに飛び込んだ。
 得点は12−6となる。
 春山は声を弾ませた。
「あのつなぎ目の部分は狙っていました。いいテンポでボールも出ましたし。トライにつながってよかったです」
 ディフェンス連携の弱い個所を狙ったラン&コンタクトから生まれた5点で、トヨタ自動車ヴェルブリッツが近鉄ライナーズを引き離す。リードは保たれ、最終スコアは25−19。10月8日、トヨタは勝ち点4を積み上げ19とする。トップリーグ(TL)で前週の6位から5位へと順位を1つ上げた。
 26歳、社会人4年目の春山は生粋(きっすい)の関西育ちだ。大阪市生野区にある大池中学校出身。中1からラグビーを始める。今回の試合会場だった東大阪市花園ラグビー場までは自転車で通った。奈良・天理高校から関西学院大学を経て、トヨタに入社する。卒業後、花園でのプレーは初めてだった。
「友達たちがスタンドに来てくれて、『ユウター』と叫んでくれました。恥ずかしかったけど、とってもうれしかったです」
 ホームグラウンドとも言うべきスタジアムでの一戦に顔をほころばせた。
 ただし、ここまでのトヨタでの生活が順風満帆だったわけではない。
「入社したての時はすべてにおいて甘かった。先輩方から取り組みなどをこてんぱんに言われました。関学の時には『TLでもなんとかなるんじゃないか』って思ってました。でもそうじゃありませんでした」
 U20日本代表、CTBとして3年からレギュラーを張った経歴は役に立たない。自分の未熟さを思い知る。
 さらなる衝撃は2014年度の終わりに起こる。同期のPR二木裕作、WTB佳久創(かく・そう)がケガなどを理由にわずか2年でチームを去り、社業に専念した。
 その時、現実を知る。
「僕もラグビーをクビになる夢を見ました。このまま、TLで何も残せないままチームを去っていいのか、と思いました。彼らはこのチームではラグビーができなくなった。でも、僕はまだできる。そう思うと日々の1日1日がとても尊(とうと)くなりました」
 自分さえ磨けば日本最高峰のリーグで戦える。その幸せを認識する。目つきが鋭くなる。
 ディフェンスコーチの奥野徹朗は話す。
「春山はエキストラトレーニングには必ず参加してきます。自分でプランを立ててね」
 練習後、自由参加で行われる補強練習でタックルやパスの精度を上げていく。
 昨年度ラストゲーム、1月23日の「LIXIL CUP」5位決定戦、キヤノンイーグルス戦では背番号22でリザーブ席に座った。後半31分、CTBタウモエピアウ・シリベヌシィに代わってピッチに立つ。48−17の勝利は同時に自身初の公式戦出場になった。
 その努力が認められ、今年3月から6月までニュージーランド(NZ)のウエリントンに滞在。現地のクラブチーム・エバロン(Avalon RFC)のプレミア(トップチーム)でプレーをした。現地では土曜、水曜夜と週2回試合を組まれることが多い。
「1か月で7試合を経験しました」
 トップリーグより過酷な3か月が春山を成長させる。監督の菅原大志は解説する。
「春山はもともとハンドリングなどベーシックスキルはありました。しかし、プレッシャーのもとでの実行ができなかった。それが今年、NZに行って、強いプレッシャーの中でプレーする経験が積めました。彼の自信になっていると思います」
 8月27日の開幕戦、豊田自動織機シャトルズ戦ではリザーブスタートだったが、後半35分、TLリーグ戦初出場を果たす。9月4日の第2戦、クボタスピアーズ戦ではシリベヌシィとのコンビで初先発。今回の近鉄戦まで6試合中4試合出場(先発3)を果たしている。
 奥野は春山の長所を語る。
「彼は人より大きく抜きんでているスぺシャルな部分は1つもない。でも、当たり前のことを当たり前にできるんです。タックルして寝た後すぐに起きてくる。80分間ずっとそれを続けられるプレーヤーはいません。僕たちの信頼を裏切らないんです」
 菅原は戦術面でのプラスを口にした。
「春山が成長してくれたことによって、イェーツ(スティーブン)を本来のCTBではなく、1つ外のWTBで使えるようになった。これは大きい。チームとしてのオプションが1つ増えたことになりますから」
 春山は未来に目を向ける。
「期待は感じています。それに見合ったプレーを続けていかないといけません」
 トヨタはTLの前身、全国社会人大会優勝5回、日本選手権優勝3回を誇る名門だが、TLでは2007、2010年度の3位が最高だ。未踏の高さにチームを置くためにも、春山の本格化は欠かせない。
(文:鎮 勝也)

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