ワールドカップ 2025.09.04

【イングランドを好きになりたくてもなれない人の取材記③】陽気なオリーさん、私たちも戦うぞ、さよなら諭吉。

[ 明石尚之 ]
【イングランドを好きになりたくてもなれない人の取材記③】陽気なオリーさん、私たちも戦うぞ、さよなら諭吉。
(左上)ブラックファーンズのハカに対してサクラフィフティーンはV字で臨んだ(左下)2試合目の途中から二重の虹がかかったサンディー・パーク(右上)バスから降りて会場に向かう選手たち。それを歓迎するスタッフやファン(右中)ショートステイ先のネコ。生後2〜3週間(右下)エクセターにかかる虹

 この取材記は今回で最後。残念ながら、サクラフィフティーンにとってワールドカップ2025イングランド大会で最後の試合となったスペイン戦の取材は叶わない。

 勝利の瞬間は、テレビ越しにしっかり目に焼き付けようと思う。

 ここでは、ニュージーランド戦のメンバー発表日から帰国までの4日間を綴る。
 旅は最後まで気を抜いてはいけないと教えてくれる日々だった。

◆取材記①はこちら、取材記②はこちら

 試合メンバー発表日の8月29日は、公開練習日でもあった。
 サクラフィフティーンがエクセターで練習拠点とする「エクセター・サラセンズRFC」に向かった。

 そこで、ひときわ陽気な人を見つけた。ヘッドS&Cコーチを担うオリー・リチャードソンさんだ。
 過去にレスター・タイガースやレッズ、日本ではクボタで指導。昨年11月に入閣したばかりだった。

 サクラフィフティーンのムードメーカーと言っていいかもしれない。

 コーチングの際に時折、日本語を混ぜる。「アルイテ〜モドッテ〜。ワーオ。ニホンゴ、スゴイ、キョウ」と自画自賛していた。

 翌日にはミックスゾーンにも姿を見せた。
 齊藤聖奈、津久井萌とともにふざけたポーズでカメラに収まろうとすると、メディアマネージャーの伏見麻矢さんから「そんな時間はないよ」とツッコまれていた。

 自身の問答を終えると、選手2人のインタビューをそばで見守った。
 最後はメディア側に立ち、マイクを向けて質問をするボケもかましていた。

 29日に取材対応したのは、長田いろは主将とレスリー・マッケンジーHC。そして両プロップの北野和子と加藤幸子だ。

 加藤は2021年から2シーズン、エクセター・チーフスに在籍していた。
 北野はその加藤から、エクセターの天候やおすすめの日本食屋を聞いたり、スーパーマーケットではおいしいスナックやフルーツを教えてもらったという。

 エクセター・チーフスには、23番でメンバー入りしたCTBの小林花奈子も昨季まで4季在籍していた(2022-23シーズンはケガで全休)。
 随分前に取材で、オフの日はよくサイクリングをしていると教えてくれた。趣味はカフェ巡りだ。

 ワールドカップ取材の際におすすめのカフェを教えますと言ってくれていたのだが、取材機会がなく聞けずじまい。
 無難にチェーン店の「COSTA」で過ごす日々を送ってしまった。

 取材のために設けられたホテルの一室を出ると、向來桜子と峰愛美がジェンガをしていた。
 二人と畑田桜子は日体大の同級生。3人で一緒に出るのが目標だ。それには、向來が熾烈なバックローの争いを勝ち抜かねばならない。

 向來のチームへの貢献は、誰もが認めるところだ。
 ニュージーランド戦を終えたLOの佐藤優奈は、相手のラインアウトにプレッシャーをかけられたことについて、「誰が飛ぶのか、どういうアタックをするのかをリザーブの人やノンメンバーがしっかり分析して準備してくれました」と語った。そのリーダー格の一人に、向來の名前を挙げていた。

 2戦目には、スクラムの際にフロントローの名前をリズムよく叫ぶお馴染みの応援を先導していた。
「さっちゃん、あすぽん、わーこ」。最終戦に現地観戦される方がいたら、彼女たちのコールに続いて欲しい。

 試合前日には、当日の会場となるサンディー・パークに向かった。
 中心街からは少し離れている。「Google Maps」で調べるとルートがいくつも出てきてしまった。

 大きい道をまっすぐ進むバスに乗ったが、これは誤り。最寄りのバス停からマップの指示通りに歩くと、車専用であろう道に出てしまった。

(左上)NO8齊藤聖奈とSH津久井萌(左下)SHリサリアーナ・ポウリ・レーンとLOマイア・ルース(右上)エクセター・チーフスの本拠地サンディー・パーク(右中)ワールドカップ2025グローバルパートナーのアサヒスーパードライのボード(右下)今大会からワールドカップの公式パートナーとなった三菱電機株式会社

 右往左往してなんとかたどり着き、サクラフィフティーンの練習を見学。その後は冒頭の通り、オリーコーチと津久井&齊藤がミックスゾーン(取材対応エリア)に来た。

◆齊藤聖奈のコメントはこちら

 オリーコーチは、このチームの一番の強みを「プレッシャー下でバラバラになるのではなく一致団結できるところ」と表現した。

 3月から国内の合宿や海外遠征など、ほとんどの時間をともに過ごしてきた。
 選手たちは「家族よりも長く一緒にいる」と口を揃える。

 その結束力は、ミニゲームでも育んできた。サクラフィフティーンは、4チーム(赤・黄・緑・青)に分かれたチームビルディングを定期的におこなっている。

 齊藤聖奈が率いる緑のチームは通称「マーベル」。このチームがどのゲームに挑戦しても、ことごとく勝てないそうだ。

「(お題を出す)レスリーはアーティスティックなゲームが多いのですが、私のチームは”気合いタイプ”の人が多くい。なかなかアーティストがいないんです。そこが敗因かな」と、リーダーは笑っていた。

 日本の後にはフランス、ニュージーランド、ブラジルの順に続々とスタジアムに来た。
 翌日は2試合目にフランス×ブラジルもおこなわれるからだ。

 ブラックファーンズは、バスの運転手にまで黒衣のジャージーを着させる徹底ぶり。
 15分の練習の中では、ハカのリハーサルもおこなっていた。その際はチーム関係者から「撮影NG」のお達しが出る。オールブラックスと同様に厳格だ。

 試合当日も「ブリティッシュウェザー」が続いた。短時間でドッと雨が降り、止むと今度は太陽が照りつける。暑くない沖縄のようだ。

 起床すると、エクセターの町にきれいな半円の虹がかかっていた。
 ホストマザーに、準々決勝のチケットはまだ販売中だと宣伝してから別れを告げ、今度は電車を使った正しいルートでサンディーパークに向かった。

 サクラフィフティーンは試合前、V字型に並び、途中から横一列になってニュージーランドのハカを見つめた。
 これには、隣に座るフランス人の記者も声を上げて驚いていた。

「自分たちも戦うぞ! という強い意志を見せたかった」と長田いろは主将が明かす。
 そのまま先制パンチもできた。初戦の反省をしっかり生かした。

◆試合リポートはこちら

 試合には勝てなかったけれど、3年前に12-95で敗れたサクラフィフティーンはもうそこにはいなかった。

「あの時はことごとくやられました。やってきたことは間違っていなかったと証明できたと思います」(NO8齊藤聖奈)

 ただ、自分たちが成長してきた以上に、周りの国の進化も著しいことは認めなければならない。
 取材を終えてメディアワークルームに戻ると、南アフリカがイタリアを破る今大会初のアップセットがモニターに映し出されていた。

 試合リポートを書きながら、その日のうちにロンドンへ。到着した頃には体力を失い、現地に長く住む日本の方にオススメされた「サンデーロースト」は食べられなかった。

 帰国日はロンドン市内を散策し、お土産などを調達した。
 ヒースロー空港へは出発する3時間前の到着を目指したけど、ここで最後のトラブルに遭った。空港行きの地下鉄が信号の障害で運行停止、途中下車を余儀なくされたのだ。

 この手の遅延はよくあるらしい。
 市内に戻れば手元のチケットで特急かバスに乗り直すことができると分かったが、あと数駅だったためタクシーを選択。やむなく諭吉を1枚手放した。
 それでも結構ギリギリだったので、判断は間違っていなかったと思う。

 搭乗したカタール航空は、機内安全ビデオにスター俳優のケヴィン・ハートやフォロワー数世界1位を誇るTikToker、カベンネ・ラメを起用するリッチっぷり。ドーハ・ハマド空港でもオイルマネーの強さを感じながら帰路に着いた。

 8月をこんな涼しい場所で過ごしていいものか。なぜかそんなことを考えた旅の終盤。羽田空港に着くなり、そんな気持ちはすぐに消えた。ただいま、日本。

(左上)ロンドンバス越しのビッグベン(左中)ケヴィン・ハートが教える機内安全ビデオ(左下)ドーハ・ハマド空港(右)ヒースロー空港に車で人を乗り降りさせるだけで6ポンド(約1200円)かかる
【筆者プロフィール】明石尚之( あかし ひさゆき )
1997年生まれ、神奈川県出身。筑波大学新聞で筑波大学ラグビー部の取材を担当。2020年4月にベースボール・マガジン社に入社し、ラグビーマガジン編集部に配属。リーグワン、関西大学リーグ、高校、世代別代表(高校、U20)、女子日本代表を中心に精力的に取材している。

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