日本代表 2023.10.02

【再録・解体心書①】不撓不屈のフルバック。山中亮平

[ 編集部 ]
【再録・解体心書①】不撓不屈のフルバック。山中亮平

*ラグビーマガジンの人気コーナー『解体心書』にかつて掲載された、ワールドカップ2023日本代表メンバーのインタビューを抜粋して再録。(掲載内容はすべて当時のまま)

山中亮平[神戸製鋼コベルコスティーラーズ] *2020年9月号掲載

 昨年のワールドカップで日本中を沸かせた15番、実は本邦初登場である。東海大仰星で全国優勝、早大1、2年時に大学選手権優勝と、十代の経歴は華やかだ。それでも、大願成就したのは30歳を過ぎてからのこと。早熟だったラグビーマンが大器晩成するまで。(文:森本優子、写真:髙塩隆)



 2019年の「瞬間最高視聴率男」である。昨年のW杯対スコットランド戦。この人がボールをタッチに蹴り出して試合を終わらせた瞬間が、年間の地上波最高視聴率53.7%をたたき出した。

 あの熱狂から9か月。日本のラグビー史に確かな足跡を刻んだ男はいま、神戸のグラウンドで毎日、黙々とトレーニングに汗を流している。

 次のシーズンの日程が発表されたわけではない。チームとしての練習開始時期も未定だ。それでも「プロでやっている以上、しっかりコンディショニングを整えて、常にいい準備をしないと」。いつ練習がスタートしてもいいよう、身体を整えている。

 その矜持こそが、あの歓喜につながった。

 山中亮平。ラグビーを長く見ている人なら、十数年も前からおなじみの名前だ。本人は幼少時から水泳の英才教育を受け、ジュニアオリンピックにも出場するなど、将来を嘱望されていた。

「選手クラスに入っていたので火、木は朝5時半から練習。7時半に終わっていったん家に帰って朝ごはんを食べて登校。授業が終わったら、またスイミングスクールに行って、夜7時まで練習の毎日でした。遊びたかったけど遊べなくて、中学入ってその反動が出た」

 中1で水泳をやめ、サッカー部に入部する。だが気になったのは、隣で練習していた楕円のボールだった。

「水泳がしんどかったので、楽しくやりたいというのが一番でした。サッカー自体は大好きですけど、監督とうまくいかなかった。で、横で練習していたラグビーがすごく楽しそうだった。和気あいあいとやっている中にも真剣さがあった。顧問の先生にも誘われたのでやってみたら、すべてが新鮮ですごく楽しかった」

 真住中2年で正式にラグビー部に入部。すぐに頭角を現した。山中の年代は大阪市でも大阪府でも準優勝。高校からの誘いもあった。

「日本一なんて最初は全然頭になかった。誘いはもらっていましたが、そんなに強くないところで楽しくやるか、ちょうどスラムダンクにもはまってて、バスケもやりたいと思ったり。選択肢は3つでした」

 東海大仰星・土井崇司監督が直々に「絶対日本代表になれる」と誘ったことが決め手になって仰星に入学。いきなり度肝を抜かれた。

「チームはけっこう理論系だった。“ラグビーってこんなに難しいんや”と。それが第一印象でした。SOなので、ゲームメークしなきゃいけない。1年のときは覚えることが多くて、めっちゃ大変でした」

 高3時の2006年度、第86回高校大会で優勝する。前川鐘平、木津武士(現日野)、安井龍太(現キヤノン)ら、のちに社会人でも同僚となる逸材が揃っていた。

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