【コラム】昨日より今日、と信じて
43年の人生で、「最もしんどい時間」の始まりだった。
木村優二さんに学校から電話がかかってきたのは今年7月9日。
奈良・天理高校に通う長男の豪志さんが、ラグビー部のコンタクト練習中に倒れたという。
当初は脳振盪と伝えられていた。「あいつは前にもやっている。2回目だから心配やな」。仕事でちょうど近くにいたので、すぐ病院に駆けつけた。
豪志さんに会う前に医師から説明を聞くと、病状は想像を超えて深刻だった。頸椎を脱臼し、緊急手術が必要だという。
「命に別条はない」と言われたが、優二さんの頭は真っ白になった。手術が成功して一息ついても、気持ちの整理はなかなかつかなかった。
豪志さんの容体が少し安定した7月20日ごろ、病室の一部屋を借りて家族で集まった。呼吸器をつけているために目で合図することしかできなかった豪志さんに、現状を伝えるためだった。
病状と今後を話すうち、優二さんは耐えきれず涙をこぼした。そんな父の姿を見て、豪志さんもクシャクシャになった。
この時、優二さんは心に決めた。
「もう息子の前で涙は見せない。僕がへたれの父親のままじゃあかん。次に泣くのは、豪志が元気になってからのうれし涙にしよう」
豪志さんは9月、大阪府内のリハビリ専門病院に転院した。コロナ禍で家族でも面会をほぼ許されず、ラグビー部の仲間たちともスマホ越しに話す日々が続く。つらい状況だが、前向きにリハビリに取り組んでいるという。
転院から数週間後、豪志さんの左手の人さし指と親指が動いた動画を見た。「すごいやん」。優二さんの胸は震えた。
それを伝えたら、息子は何ともないという態度で返してきた。「きっと通過点としか思っていないんやな」。もっと動けるようになる。そうやって先を見すえる我が子の姿は、誇らしかった。
天理高校の松隈孝照監督は「両親が気持ちを切り替えて前向きに取り組もうと決めてくれた。だから、豪志もリハビリを頑張れていると思う」と感謝する。
松隈監督は、豪志さんのための基金など支援を内外に呼びかける一方で、高校生やOBたちのメッセージ動画を連日、豪志さんに送り続けている。「豪志は器用ではないけれど、真面目で明るくてラグビーへの熱を持った選手。コロナで同級生たちが面会もできず、つらい思いをさせている。その中でも僕らができることを続けていく」と誓う。
優二さんも「松隈監督が真摯に動いてくれて、その姿勢が息子に伝わっている」と感謝する。
苦しい時に前を向く父と監督。そんな2人に引っ張られるように、豪志さんへの支援の輪は広がりを見せている。