コラム 2026.04.23

【村上晃一の楕円球ダイアリー #9】無償の愛。

[ 村上晃一 ]
【村上晃一の楕円球ダイアリー #9】無償の愛。
先の全国高校選抜大会に出場した早稲田実。写真右は大谷監督(撮影:長尾亜紀)

 ラグビーマガジン6月号の連載「私のコーチ哲学」で、早稲田実業学校高等部ラグビー部の大谷寛監督のインタビューをした。

 筆者が解説者を務める株式会社ジェイ・スポーツの社員であり、プロデューサーでもあった大谷さんとは、よく一緒に仕事をした。取材するのは不思議な気分だった。いつもは「かんちゃん」と呼んでいるのに、今回は監督としての哲学を聞くのである。

 大谷監督が就任してからの早実は確実に強くなっている。その理由が知りたかった。すべてが分かったわけではないけれど、その一端は垣間見えた。

 もっとも印象的だったのは生徒を愛する力だった。

 大谷監督が早実の監督になった理由の一つは、早大に良い人材を送ることだ。ところが大谷監督は、ラグビー部員に出会った瞬間、どうすればこの選手たちを花園(全国大会)に連れて行けるのか、それだけを考えるようになる。

 彼が強いチームを作る所以だろう。大谷監督は選手と対等に意見をぶつけ合い、ときにはケンカもする。けっして上から目線ではなく、互いにぶつかりあって成長するのだ。

 悔しい負けを経験しては、次のチーム作りに着手する繰り返し。苦しいけど、それが楽しいという。詳しくはぜひ、本誌の記事をご一読いただきたい。

 数年前から、ラグビースクールの情報サイト「ラグビーキッズ」の「ラグビースクールインタビュー」を担当している。最近も各スクールの校長、コーチなどの話を聞く機会が多い。

 毎度感心させられるのは、ラグビーを通して子どもたちに成長してもらいたいと願う、純粋な気持ちである。
「5歳の頃は虫を追いかけ、グラウンドの脇で土遊びをしているような子が、小学生の高学年になってラグビーも上手になり、仲間の気持ちを理解して行動できるようになる。感動します」

 成長する姿を何度も見たくなって辞められなくなる。ラグビースクールの指導員は基本的にボランティアだ。子どもたちの成長が何よりの喜びなのである。

 10年、20年と指導員を続ける人も少なくない。長く続ける理由を問いかけると、こんな話をしてくれた人がいた。

「私が卒業したラグビースクールに息子を連れて行ったら、私が子どもの頃に習ったコーチがいらっしゃって、すごく嬉しそうでした。私もその気持ちを味わってみたいのです」

 スクールの子どもが卒業して大人になり、自分の子どもを連れてくるのは、早くても15年後、20年後だ。この人は効率重視の「コスパ」とか「タイパ」という言葉からは遠いところで生きている。

 他チームのコーチからも心に響く言葉を聞いた。
「卒業生がいつ戻ってきてもいいように、必ず誰かがグラウンドにいるようにしています」

 なんらかの事情で練習が中止になっても、卒業生が帰ってきたときに寂しくないように待っているのだ。ラグビーに出会い、自分たちを常に気にかけてくれる大人と知り合い、帰る場所を得た子どもたちは幸せだ。

 目の前の仕事に汲々としている日々を反省して思う。もっと、ゆったりとした時間軸で物事を考えたいと。

 未来に想像を巡らせてみる。僕がいまここに書いていることを、50年後、100年後の人が読むかもしれない。きっとラグビーは100年後の日本でも行われている。

 100年前のラグビー愛好家がどんなことを考え、どんなことを大切にしていたのか、参考にするだろう。「100年前のラグビー観」を、さらに進化したAIに尋ねるのかもしれない。

 だからこそ思うのだ。今の気持ちを誠実に記したいし、ラグビーと真摯に向き合う人たちの声を書き残しておきたいと。

【筆者プロフィール】村上晃一( むらかみ・こういち )

ラグビージャーナリスト。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。現役時代のポジションは、CTB/FB。86年度、西日本学生代表として東西対抗に出場。87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。

PICK UP