【村上晃一の楕円球ダイアリー #9】無償の愛。
ラグビーマガジン6月号の連載「私のコーチ哲学」で、早稲田実業学校高等部ラグビー部の大谷寛監督のインタビューをした。
筆者が解説者を務める株式会社ジェイ・スポーツの社員であり、プロデューサーでもあった大谷さんとは、よく一緒に仕事をした。取材するのは不思議な気分だった。いつもは「かんちゃん」と呼んでいるのに、今回は監督としての哲学を聞くのである。
大谷監督が就任してからの早実は確実に強くなっている。その理由が知りたかった。すべてが分かったわけではないけれど、その一端は垣間見えた。
もっとも印象的だったのは生徒を愛する力だった。
大谷監督が早実の監督になった理由の一つは、早大に良い人材を送ることだ。ところが大谷監督は、ラグビー部員に出会った瞬間、どうすればこの選手たちを花園(全国大会)に連れて行けるのか、それだけを考えるようになる。
彼が強いチームを作る所以だろう。大谷監督は選手と対等に意見をぶつけ合い、ときにはケンカもする。けっして上から目線ではなく、互いにぶつかりあって成長するのだ。
悔しい負けを経験しては、次のチーム作りに着手する繰り返し。苦しいけど、それが楽しいという。詳しくはぜひ、本誌の記事をご一読いただきたい。
数年前から、ラグビースクールの情報サイト「ラグビーキッズ」の「ラグビースクールインタビュー」を担当している。最近も各スクールの校長、コーチなどの話を聞く機会が多い。
毎度感心させられるのは、ラグビーを通して子どもたちに成長してもらいたいと願う、純粋な気持ちである。
「5歳の頃は虫を追いかけ、グラウンドの脇で土遊びをしているような子が、小学生の高学年になってラグビーも上手になり、仲間の気持ちを理解して行動できるようになる。感動します」
成長する姿を何度も見たくなって辞められなくなる。ラグビースクールの指導員は基本的にボランティアだ。子どもたちの成長が何よりの喜びなのである。
10年、20年と指導員を続ける人も少なくない。長く続ける理由を問いかけると、こんな話をしてくれた人がいた。
「私が卒業したラグビースクールに息子を連れて行ったら、私が子どもの頃に習ったコーチがいらっしゃって、すごく嬉しそうでした。私もその気持ちを味わってみたいのです」
スクールの子どもが卒業して大人になり、自分の子どもを連れてくるのは、早くても15年後、20年後だ。この人は効率重視の「コスパ」とか「タイパ」という言葉からは遠いところで生きている。
他チームのコーチからも心に響く言葉を聞いた。
「卒業生がいつ戻ってきてもいいように、必ず誰かがグラウンドにいるようにしています」
なんらかの事情で練習が中止になっても、卒業生が帰ってきたときに寂しくないように待っているのだ。ラグビーに出会い、自分たちを常に気にかけてくれる大人と知り合い、帰る場所を得た子どもたちは幸せだ。
目の前の仕事に汲々としている日々を反省して思う。もっと、ゆったりとした時間軸で物事を考えたいと。
未来に想像を巡らせてみる。僕がいまここに書いていることを、50年後、100年後の人が読むかもしれない。きっとラグビーは100年後の日本でも行われている。
100年前のラグビー愛好家がどんなことを考え、どんなことを大切にしていたのか、参考にするだろう。「100年前のラグビー観」を、さらに進化したAIに尋ねるのかもしれない。
だからこそ思うのだ。今の気持ちを誠実に記したいし、ラグビーと真摯に向き合う人たちの声を書き残しておきたいと。




