嬉しさと羨ましさと。村田碧汰(武蔵大SO)
花園の観客席には千差万別の思いがある。
2026年1月3日。
第105回全国高校ラグビー大会の準々決勝。花園第一グラウンドの観客席で御所実業(奈良)と京都成章の一戦を見つめていた村田碧汰(おうた)は、2つの感情を同時に感じていた。
「シンプルに羨ましいという気持ちもありますし、嬉しい気持ちもありました」
視線の先には2学年下の弟、御所実の先発HO村田皓二郎がいた。自身が御所実の主力スタンドオフだった3年時、弟はまだメンバーに絡めない1年生だった。「すごく成長した」という弟の姿は、頼もしかった。
5年前、御所実の黒ジャージーに憧れ、東京から奈良へ向かった。
「中学校の頃に第99回大会をテレビで観ました。準優勝した年です」
PR津村大志やSH稲葉聖馬(ともにBR東京)、FB石岡玲英(BL東京)らを擁して5大会ぶりの決勝進出を果たした代だ。
「御所のドキュメンタリー番組も観ました。人間性の部分を高められるところに魅力を感じましたし、親元を離れてみたいという気持ちもあったので、御所に行きたいと思いました」
あの黒ジャージーを着て、花園でプレーしたい。
東京でタッチラグビーに熱中していた村田は、中学卒業後、御所実への憧れだけを頼りとして奈良へ向かった。奄美大島の大島高校でラグビーを経験した父・琢磨さんは「息子は御所のファンだったんです」と穏やかに話した。
しかし花園出場は、叶わなかった。
2023年11月19日。先発SOとして出場した高校3年の奈良県予選決勝は、ライバルの天理に0-11で敗れた。高校1年時にチームは花園出場を果たしたが自身は怪我でメンバー外。少年時代の夢は散った。
それでも御所実の生活を振り返って、断言できることがある。
御所実で本当に良かった。
「(御所実に進学して)正解でした。やっぱり人間性の部分の成長が大きいです。みんな親元を離れてきているので、協調性についても学べました。人間的に成長できました」
そんな村田の花園の物語には続きがあった。
一家が転勤した長野から、弟・皓二郎が兄を追いかけて御所実に進学。高校3年時の奈良県決勝は天理と7-7の引き分けで16年ぶりの両校優勝となったが、抽選で4大会ぶりの花園出場が決まった。
花園へ向かう弟へ、兄はメッセージを送った。
「自分は花園に出られなかったので、僕の分も活躍してほしいという気持ちで、弟に『がんばれ』と送りました」
兄が開拓した道を歩み、花園出場を実現させた弟・皓二郎は第105回大会の全3試合にHOで先発した。大会初戦となった秋田工業との2回戦(73-0)、長崎北陽台との3回戦(36-12)はともに第3グラウンド。京都成章との準々決勝は第1グラウンドだった。
京都成章戦で前半18-0とリードを許した御所実は、後半に反撃した。後半6分に伝統のモールを起点としてチーム初トライを奪ったのは、ゲームキャプテンのLO津村晃志。村田が少年時代に憧れた99回大会の御所実、その主将を務めたPR津村大志の弟だ。
だが16点ビハインド(7-23)を背負って敗色濃厚となった。それでも後半36分だった。
バックスも次々にモールに頭を突っ込み、有終のトライを狙う。捕らえられたモール最後尾のNO8中山太翔がキャリーに切り替える。トライラインには届かなかったが、フォロワーにボールを転がす妙手を繰り出す――それを拾ったSH藤澤幸謙がトライエリアへ、飛び込んだ。
最後にトライを決め、12-23でノーサイド。
御所実は花園ベスト8で2025年度を終えた。
村田は弟の戦いを見届けた。長野から駆けつけた父・琢磨さん、母・里依子さんは、2人の息子がつくりあげた景色を見届けた。
そして村田自身も、これから新たな戦いへ向かう。
村田は関東大学対抗戦Bに所属する武蔵大学の2年生。3週間前は主力スタンドオフとして立教大学(対抗戦A・8位)との入替戦に先発出場。昇格は逃したものの、対抗戦Bを全勝で駆け抜けたチームは、立教大を24-40と苦しめた。
「(高校3年時の予選決勝で)負けたからこそ、自分に足りない部分を見つけられたと思います。その部分をいま大学で見つめ直しています。まずは(対抗戦Aに)上がることが目標です。負けの経験を生かしたいと思います」
御所実で成長した村田の言葉は凛々しかった。





