コラム 2025.10.16

【コラム】男だったら、よかったんだけどねぇ。

[ 森本優子 ]
【コラム】男だったら、よかったんだけどねぇ。
スペイン戦で勝利を挙げたサクラフィフティーン。1次リーグでの勝利は1994年のスコットランド大会以来31年ぶりだった。写真中央はLO佐藤優奈(撮影:松本かおり)

 すっかり秋に書き換わったラグビーカレンダー。各国男子代表の遠征から12月の2027W杯抽選会などで埋まるが、今年の盛夏のカレンダーは、ずっと心にとどめておきたい。

 イングランドで開催された2025W杯を戦ったサクラフィフティーン。決勝トーナメント進出はならなかったが、その戦いぶりはこれまでとは異なっていた。大会中に会見でレスリー・マッケンジーHCが言った「殴り合い」。日常では避けたい言葉も、大会でのサクラフィフティーンの戦いぶりはまさに言い得ていた。

 真剣勝負で相手に殴られて、負けじと殴り返す。チームをその段階まで作り上げるのが難儀なのだ。

 鍛錬と経験で鍛えられて揺るがぬ自信が生まれ、かつ仲間との信頼も厚くなくては、その境地には至れない。チコちゃんではないけれど、これまで相手に殴られてシュンとしてしまうチームをなんとたくさん見てきたことか。男子の日本代表も、2015年まで待たなくてはならなかった。

 今回のサクラフィフティーン。試合を観ていて頼もしく、誇らしかった。

 そしてなぜか遠い昔の記憶がよみがえった。大学時代のことだ。当初からマスコミ志望の自分は、3年の夏に通信社が開催するマスコミセミナーに参加した。現役記者から講義を受け、原稿の書き方などを習うのだが、実体は「青田買い」。これ、という学生がいたら声をかけて他にいかないようキープする。むしろそちらが目的だった。

 当時は男女雇用機会均等法が出来る前。女子の採用はない会社は珍しくなかった。それでも男子限定とは書いてなかったので申し込んだ。1週間ほどの講義を受け、最後に小論文を書いて、模擬面接に進む。テーマは「時間について」。それほど苦労せずに書きあげられた。その後の面接でも、評価は良かった。そして重役らしき人に言われた。

「知ってると思うけど、うちは女子は採用してないんだよ。君、男だったらよかったんだけどねえ」

 もちろんその会社との縁は、そこで途切れた。その後は新聞社、出版社の入社試験を片っぱしから受けては落ち、最後に唯一受かったのが、ベースボール・マガジン社。そこでラグビーマガジン編集部に配属され、人生の大半を過ごした。人間万事塞翁が馬である。

 あれから幾星霜。あの時言われたひとことが、この夏蘇ってきた。ラグビーは性差で楽しみが変わるものではないと思っていても、どこかにあった「ここまでやれないだろう」という意識を、彼女たちが覆してくれたのだ。ちょっとだけ(いや、かなり)社会で長く生きた人間として、それは今年戦った選手たちだけではなく、多くの先輩たちが切り開いてくれた上に成し遂げられたのだと感じる。

 9月半ば、水戸市で行われていた太陽生命カップ全国中学生大会女子の部を取材した。そこで保護者の方々に話をうかがう機会があった。

 あるお母さんが、「うちの娘は”私からラグビーとったら何も残らん”と言ってます」と笑った。

 その言葉を聞いて胸が熱くなった。これから先も、ラグビーが彼女にとって良き人生の伴走者でありますように。

 そして冒頭の一言は海の底深く沈んで、再び浮かび上がってきませんように。

 

【筆者プロフィール】森本優子( もりもと・ゆうこ )
岐阜県生まれ。1983年、ベースボール・マガジン社入社。ラグビーマガジン編集部に配属され38年間勤務。2021年に退社しフリーランスに。現在トヨタヴェルブリッツチームライター。

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