【ラグリパ×リーグワン共同企画】「ベクトルは常に自分へ」。ルリーロ福岡の若き司令塔、覚醒の序章。

ルリーロ福岡(以下、L福岡)へ加入した1年目の昨季、齋藤史哉は公式戦のピッチに一度も立てなかった。昂る気持ちと持ち味のアグレッシブさが空回りし、評価の扉は固く閉ざされたままだったという。
本人は「何が足りないのか」を考え抜き、チーム練習後の自主練習で一つずつつぶした。視野の狭さ、判断の遅れ、体の線の細さ。結論は「自分にベクトルを向け続ける」ことだった。誰かのせいにせず、次にやるべきことを翌日に実行する。豊田将万ヘッドコーチが「どんな状況でも自分に矢印を向けられる」と評する所以である。
オフの間、齋藤は体づくりを最優先に据えた。体重は2~3kg増やしつつ、持久系の指標は落とさない。タックルは当てるから『止める』へ。パスは投げるから『テンポを出す』へ。肩の芯で差し込むハードタックルに、素早いボール供給と状況判断が加わり、プレー全体の解像度が上がった。“強気な仕掛け”と“攻守の切り替えの速さ”は、齋藤の今季のキーワードである。
自らの戦い方の変化は、見方の変化から始まった。昨季は自分の良さを出そうと前へ前へと急ぎ過ぎる場面があった。今季は一歩引いて俯瞰する。敵陣での位置取り、風向き、味方のセットの整い具合、一緒に試合を作るスタンドオフの意図、フォワードの疲労度。これらを織り込んだうえで、行くと決めたら迷わず行く。
厳しい局面ほど最短で答えに到達するために準備しておく。プレーの前段にある情報処理が、齋藤を“仕掛けて整えるスクラムハーフ”へと押し上げている。
L福岡は地域に根ざすクラブだ。齋藤は久留米の印刷会社で朝8時から夕方5時半まで働く。受け取ったデータを印刷用に最適化するのが主な業務で、ミスの許されない作業が続く。締め切り、優先順位、手順の組み替え。現場で鍛えられる段取り力と集中のスイッチは、ラグビーの“テンポ”と驚くほど相性がいい。
「最初は両立がキツかったけれど、いまは完全にルーティンになった」。職場の理解も厚く、応援の声が背中を押す。仕事での“整える力”が、グラウンドでは“流れを加速させる力”に変換されている。
チームにはスクラムハーフが11人いる。し烈な競争の中で必要なのは存在理由の明確化だった。齋藤は自らの色を若さ、アグレッシブさ、守備強度の3点に定義した。相手がセットを組む前にテンポ良くスキを突く。危機を察知して一歩目で火種を消す。止めるべきところは体で止める。
ベテラン選手が試合を組み立てる達人なら、齋藤は流れに勢いを付ける触媒である。豊田ヘッドコーチは「結果で競争を勝ち抜くしかない」と言い切る。齋藤はその言葉を額面で受け取り、毎試合、毎日の練習でアピールし続ける。
リーグワンライジングでつかんだ公認試合デビューは、単なる通過点にすぎない。第3週の中国電力レッドレグリオンズ戦で自身のトライという手土産はあったが、本人が口にするのは「開幕で9番のジャージーを着る」という目標だ。

ケガ人の代役ではなく、実力でつかむ。リザーブでもない、ピッチ中央でゲームを動かす役割を担う。そのために必要なのは、強度が上がっても「同じプレーを同じ精度でやり続ける」こと。プレッシャーの温度を上げても沸点に達しない体と心である。
今季の齋藤は、言葉と行動がまっすぐにつながっている。アグレッシブに仕掛けながらも冷静さを失わず、スピードの中に確かな精度を保つ。そのバランス感覚は、仕事とラグビーを両立する日々の中で磨かれたものだ。練習で培った実直さと、職場で育まれた丁寧さ。その両輪がいまの齋藤を支えている。
チームメートやスタッフからの信頼も着実に深まりつつある。「まずはメンバー入りして、試合に出たい」。その一歩を積み重ねる先に、9番のジャージーがある。ベクトルを常に自分に向ける若武者は、今日も淡々と、しかし確実に、同じリズムで努力を刷り重ねている。開幕の笛が鳴るその瞬間まで。
(柚野真也)