コラム 2025.02.26

【ラグリパWest】麦踏み。福岡県立浮羽究真館高校

[ 鎮 勝也 ]
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【ラグリパWest】麦踏み。福岡県立浮羽究真館高校
地元特産の小麦の生育に欠かせない麦踏みにやってきた浮羽究真館高校ラグビー部。左からSH大津隆喜、CTB上村嵐、SOの山岡洋祐主将。福岡県の新人戦で4位に入ったチームは、こうした地域貢献も怠りない

 麦は踏まれて強くなる―。

 グラブに<麦魂>と刺繍を入れていたのは山内孝徳(やまうち・たかのり)。南海(現ソフトバンク)のエースとして100勝を挙げた。

 なぜ強くなるのか、中野愉梨は説明する。
「根が張り、分げつが良くなるからです」
 分げつ、とは枝分かれさせること。新しい茎が出て来るとひと株自体が大きく、倒れにくくなる。当然、小麦の収穫量も増える。

 中野が顧問をつとめる浮羽究真館のラグビー部はその麦踏みをやった。2月11日、建国記念日の祝日だった。

 この福岡の県立高校は2月に終わった県新人戦で4位に入った。冬の全国優勝7回の東福岡と修猷館には及ばなかった。スコアは7-88と21-38だった。

 この麦踏みは、2校に踏まれても起き上がる意志表示というよりは、地元のうきは市で展開される『うきは「小麦」活性化プロジェクト』の支援の色が濃い。4年前、有志が始めた地域振興策は、うきは産の小麦の認知度アップや消費拡大を目指している。

 19人の新3年と18人の新2年、合計37人の選手が横一列に並び、芽を出した緑の麦を踏みにかかる。主将の山岡洋祐は話す。
「僕たちは地域の応援でラグビーができています。その分、貢献しないといけません」
 新3年のSOは昨年も麦踏みに参加した。

 その山岡を長谷川寛太は評する。
「司令塔らしくラン、パス、キックとバランスがとれた優れた選手です」
 長谷川はラグビー部のヘッドコーチで保健・体育の教員だ。出身大学は帝京。大学選手権の7~9連覇に在部した。その目は確か。今はルリーロ福岡のPRでもある。

 山岡が学び、長谷川や中野が教える浮羽究真館は福岡の南東、筑後川の流域にあり、大分に近い。この地域は麦を6月に刈り取れば、稲を植える二毛作が盛んだ。

 うきはは九州における「三大めんどころ」のひとつ。あと2つは佐賀の神埼、長崎の島原だ。うきはで作られた小麦はうどんやそうめんなどに変わり、人々の口に入る。

 良質の小麦が得られる理由をラグビー部監督の吉瀬(きちぜ)晋太郎は説明をする。
「まずは水だと思います。うきはは日本で唯一上水道を通していない市です」
 市民は井戸や湧き水で喉を潤す。古代から北を流れる筑後川の土砂も見逃せない。それは堆積して、土中に栄養分を作り出す。

 有志の地域振興に呼応するように浮羽究真館にも昨年4月、「小麦プロジェクト部」が立ち上がる。顧問のひとりとしてラグビーと兼務するのは中野である。

 活動内容は、うきは産小麦を100パーセント使ったパンやドーナツを作る。福岡市内に本店を持つフランス菓子「パティスリー・ジョルジュマルソー」の協力を得てさらなる商品を開発、麦刈りにも参加する。

 吉瀬は新しくできた部活を認めている。
「学校がラグビー、ラグビーってなってきて、よくないんじゃないか、と思っていました」
 ラグビーあっての学校ではない。自分自身が強豪化させても、保健・体育の教員でもある吉瀬の立ち位置は常にセンターにある。

 浮羽究真館の県4強はチーム最高タイ、そして3回目になる。前回は6年前の新人戦と続く春季大会だった。すべてを指導したのは吉瀬だ。その創部は1965年(昭和40)。当時の校名は統合前の浮羽だった。

 吉瀬は浮羽の卒業生だ。全国4強の京産大に一般入学して、メンバー入りを果たした。卒業後、会社員を経て県教員になる。浮羽究真館への赴任は2015年。2年前にはラグビー部の専用寮も作り、遠隔地からの生徒も引き受けられるようになった。

 吉瀬は新人戦の敗因のひとつに集中力を挙げた。特に修猷館戦は前半、21-12とリードしながら後半、逆転を許す。修猷館は県下屈指の進学校。勉強の集中力はラグビーにつながっていることを認識する。

 その強化のために部員たちに試合時間と同じ1時間の自習をさせる。
「20、30分ほどすれば、教え合いの感じで話をしだします」
 教室で5分でも、10分でも集中が延びれば、それはグラウンドにつながる。

 吉瀬自身は今年のチームに手応えを持つ。
「2019年よりいい感じですね」
 点数だけを見えれば、「ジャイアント」と称される東福岡とは依然差があるが、6年前、初めての県4強入りをした時は、100点ゲームの上に完封されたりした。

 その差を意識の面からも縮められるよう、この春、高校生の聖地、大阪の花園ラグビー場での試合に向かう。花園ラグビー場は3つのグラウンドから構成され、高校の冬の全国大会が開催され続けてきた。

 参加するのは来月3月15、16日に開催される「花園DRR大会」だ。30年ほど前に始まった大会だが、昨年から現名になった。ラグビー場を保有する東大阪市の協力もあって、3つのグラウンドすべてが使える。

 初日、浮羽究真館は第2グラウンドで大阪朝高と、2日目はメインの第1グラウンドで大阪の布施工科と対戦する。両チームともに全国大会の出場経験がある。参加は合同も含めて12チームほどになる予定だ。

 西村康平はDRRを解説する。この大会の世話役で、布施工科の監督である。
「Dream(夢)がReal(現実)になるようにという思いが込められています」
 花園ラグビー場から遠ざかっている、あるいは出場機会のないチームを応援する。

 麦踏みで地域の役に立ち、大阪で全国大会出場の予行演習をする。浮羽究真館には一足早く春の明るさがある。

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