【ラグリパWest】麦踏み。福岡県立浮羽究真館高校

麦は踏まれて強くなる―。
グラブに<麦魂>と刺繍を入れていたのは山内孝徳(やまうち・たかのり)。南海(現ソフトバンク)のエースとして100勝を挙げた。
なぜ強くなるのか、中野愉梨は説明する。
「根が張り、分げつが良くなるからです」
分げつ、とは枝分かれさせること。新しい茎が出て来るとひと株自体が大きく、倒れにくくなる。当然、小麦の収穫量も増える。
中野が顧問をつとめる浮羽究真館のラグビー部はその麦踏みをやった。2月11日、建国記念日の祝日だった。
この福岡の県立高校は2月に終わった県新人戦で4位に入った。冬の全国優勝7回の東福岡と修猷館には及ばなかった。スコアは7-88と21-38だった。
この麦踏みは、2校に踏まれても起き上がる意志表示というよりは、地元のうきは市で展開される『うきは「小麦」活性化プロジェクト』の支援の色が濃い。4年前、有志が始めた地域振興策は、うきは産の小麦の認知度アップや消費拡大を目指している。
19人の新3年と18人の新2年、合計37人の選手が横一列に並び、芽を出した緑の麦を踏みにかかる。主将の山岡洋祐は話す。
「僕たちは地域の応援でラグビーができています。その分、貢献しないといけません」
新3年のSOは昨年も麦踏みに参加した。
その山岡を長谷川寛太は評する。
「司令塔らしくラン、パス、キックとバランスがとれた優れた選手です」
長谷川はラグビー部のヘッドコーチで保健・体育の教員だ。出身大学は帝京。大学選手権の7~9連覇に在部した。その目は確か。今はルリーロ福岡のPRでもある。
山岡が学び、長谷川や中野が教える浮羽究真館は福岡の南東、筑後川の流域にあり、大分に近い。この地域は麦を6月に刈り取れば、稲を植える二毛作が盛んだ。
うきはは九州における「三大めんどころ」のひとつ。あと2つは佐賀の神埼、長崎の島原だ。うきはで作られた小麦はうどんやそうめんなどに変わり、人々の口に入る。
良質の小麦が得られる理由をラグビー部監督の吉瀬(きちぜ)晋太郎は説明をする。
「まずは水だと思います。うきはは日本で唯一上水道を通していない市です」
市民は井戸や湧き水で喉を潤す。古代から北を流れる筑後川の土砂も見逃せない。それは堆積して、土中に栄養分を作り出す。
有志の地域振興に呼応するように浮羽究真館にも昨年4月、「小麦プロジェクト部」が立ち上がる。顧問のひとりとしてラグビーと兼務するのは中野である。
活動内容は、うきは産小麦を100パーセント使ったパンやドーナツを作る。福岡市内に本店を持つフランス菓子「パティスリー・ジョルジュマルソー」の協力を得てさらなる商品を開発、麦刈りにも参加する。
吉瀬は新しくできた部活を認めている。
「学校がラグビー、ラグビーってなってきて、よくないんじゃないか、と思っていました」
ラグビーあっての学校ではない。自分自身が強豪化させても、保健・体育の教員でもある吉瀬の立ち位置は常にセンターにある。
浮羽究真館の県4強はチーム最高タイ、そして3回目になる。前回は6年前の新人戦と続く春季大会だった。すべてを指導したのは吉瀬だ。その創部は1965年(昭和40)。当時の校名は統合前の浮羽だった。
吉瀬は浮羽の卒業生だ。全国4強の京産大に一般入学して、メンバー入りを果たした。卒業後、会社員を経て県教員になる。浮羽究真館への赴任は2015年。2年前にはラグビー部の専用寮も作り、遠隔地からの生徒も引き受けられるようになった。
吉瀬は新人戦の敗因のひとつに集中力を挙げた。特に修猷館戦は前半、21-12とリードしながら後半、逆転を許す。修猷館は県下屈指の進学校。勉強の集中力はラグビーにつながっていることを認識する。
その強化のために部員たちに試合時間と同じ1時間の自習をさせる。
「20、30分ほどすれば、教え合いの感じで話をしだします」
教室で5分でも、10分でも集中が延びれば、それはグラウンドにつながる。
吉瀬自身は今年のチームに手応えを持つ。
「2019年よりいい感じですね」
点数だけを見えれば、「ジャイアント」と称される東福岡とは依然差があるが、6年前、初めての県4強入りをした時は、100点ゲームの上に完封されたりした。
その差を意識の面からも縮められるよう、この春、高校生の聖地、大阪の花園ラグビー場での試合に向かう。花園ラグビー場は3つのグラウンドから構成され、高校の冬の全国大会が開催され続けてきた。
参加するのは来月3月15、16日に開催される「花園DRR大会」だ。30年ほど前に始まった大会だが、昨年から現名になった。ラグビー場を保有する東大阪市の協力もあって、3つのグラウンドすべてが使える。
初日、浮羽究真館は第2グラウンドで大阪朝高と、2日目はメインの第1グラウンドで大阪の布施工科と対戦する。両チームともに全国大会の出場経験がある。参加は合同も含めて12チームほどになる予定だ。
西村康平はDRRを解説する。この大会の世話役で、布施工科の監督である。
「Dream(夢)がReal(現実)になるようにという思いが込められています」
花園ラグビー場から遠ざかっている、あるいは出場機会のないチームを応援する。
麦踏みで地域の役に立ち、大阪で全国大会出場の予行演習をする。浮羽究真館には一足早く春の明るさがある。