国内 2024.04.15

【連載④・秩父宮のゆくえ】日本ラグビー協会・土田雅人会長が展望。

[ 明石尚之 ]
【連載④・秩父宮のゆくえ】日本ラグビー協会・土田雅人会長が展望。
2022年6月から日本ラグビー協会の会長を務める土田雅人氏(撮影:松本かおり)

 秩父宮ラグビー場が「東京ラグビー場」として完成したのが、戦後まもない1947年。以来80年近く、日本ラグビーの聖地として数え切れないほどの名勝負が繰り広げられてきた。
 日本選手権や大学選手権、テストマッチ、スーパーラグビー、ワールドラグビーセブンズシリーズなど、国内外問わず数多くの大会が開かれた。

 還暦をひとつ超える日本ラグビー協会の土田雅人会長も、サントリーの選手、監督などで何度も何度もこの聖地の芝を踏んできた。
 記憶に残っている試合を問えば、「いっぱいあり過ぎて…」と表情を崩す。

「昔は試合が終わったあとに浸かる湯船がひとつしかなかった。そこに両チームの選手たちが一緒くたに入るわけです。さっきまでぶつかり合って、踏んづけ合っていたのに。それからも一緒になってビールを飲みにいくというのが常でした」

 秩父宮が改修を重ねて変化を加えてきたように、その周りを取り巻く環境も大きく変わってきた。劇的な変化は2019年のワールドカップからだ。

「10年ぐらい前までは、日本代表が弱くて、ファンの人たちが代表のジャージーを着るのを恥ずかしがっていた。秩父宮の前にあるトイレで着替えて、試合後は脱いでから帰っていました。それがいまや、代表のジャージーを着たファンで満員になり、試合開始の何時間も前からスタジアムの周りでお酒を飲んだり、カフェに行ったりして楽しんでいる。これは大きな変化です」

 女性ファンや親子連れがラグビー場まで足を運ぶなど、これまではあまり見られなかった光景が、いまは広がっている。
 神宮外苑地区の再開発事業に伴い、2027年12月末の運用開始を目指して神宮第二球場跡地に建設される新秩父宮ラグビー場は、そうした幅広い世代のニーズに応える。コンセプトに「ラグビーの裾野を広げ、新たなファン拡大を目指す」こと掲げている。全天候型に生まれ変わるのは、雨風や寒さなどの影響を受けない快適な環境でラグビー観戦ができるようにするためでもある。

 2015年から日本協会の理事に名を連ねていた土田会長は、現秩父宮の管理、運営を担っている日本スポーツ振興センター(以下、JSC)とかねてより新秩父宮のあり方について議論を重ねてきた。
 全天候型に伴い人工芝となることは、ラグビーファンの間で巻き起こっている議論のひとつだが、同会長は前向きに捉える。

「お客さまや稼働率のことなどを考えれば、全天候型になることのメリットは大きいと考えています。雷で中止になったり、中断するリスクもありません。ワールドラグビーによる審査基準を満たせばテストマッチでも使用を認められているし、スコットランドやアイルランド、イングランドに行っても人工芝のグラウンドは数多くあります」

 人工芝となり稼働率を上げることができれば、ラグビーに限らずイベントやコンサートなどもおこなうことができる。事業者の収入増が見込める。それは、ラグビー場が青山にある価値を上げる。

「立地の素晴らしい青山というスポーツタウンの中に、国立競技場があるにも関わらずラグビー場を残していただける。われわれラグビー界にとってこんなに嬉しいことはない」

 新秩父宮のモデルとなったフランスのパリ・ラ・デファンス・アレナ(旧名称・Uアリーナ)を視察した際も、その光景を目の当たりにしたという。
「僕が行った時は、ある企業が成績優秀者を称える表彰式を開いていた。イベント仕様になったグラウンドの上にテーブルがたくさん置かれ、社員、関係者が1000人近く出席する大パーティーでした。コンサートだけでなく、こうしたイベントもできる。もちろん、翌日には試合ができるようになっていた」

 日本協会は、新秩父宮の建設や事業を担う秩父宮ラグビー場株式会社(代表企業は鹿島建設)や発注者であるJSCとの対話を重ね、意見や要望も伝えている。

 ひとつはロッカールームの区別。ホームチームのロッカールームに「特別感」を出したいという。
「海外ではホーム&アウェーの視点から、ホームチームのロッカールームの方が広かったり、魅力的な造りだったりする。日本代表にはより気持ちを高めてロッカールームを出てほしいし、子どもたちが見学した際にはここで将来プレーしたいと思ってもらえるロッカールームであることが非常に大事だと思っています」

 もうひとつがVIPルームの拡充。ラグビーは試合数が少ない分、1回の企業接待や1回の試合観戦がとても貴重になる。プレミアム化すれば、チケット収入の増加も見込める。

 懸念されている座席数の減少(約2万5000席→約1万5500席)は、対戦カードによって国立競技場との使い分けを考えている。
「オールブラックスやイングランドとのテストマッチなど、5万人、7万人レベルまでの集客が見込める試合では、国立競技場や日産スタジアムでの開催を考えています。ただ、両施設とも陸上トラックがある。ラグビーファンからすれば、 もっと近くで見たい、生の声を聞きたいという声もあるでしょう。そうした『秩父宮ラグビー場』の良さは新しくなっても引き継がれるはずです。1万5000のキャパシティですが、最高の観戦環境を提供できると思っています」

 土田会長は、稼働率増の恩恵は事業者だけでなく日本協会も受けるとみる。
 これまでできなかったカテゴリーの試合や大会の開催を目指す。特に、子どもたちに目を向けている。

「ラグビー協会としては、新たにラグビーをやってくれる人を増やすということを、日本代表の強化と両軸でやっていかなければいけません。そういう視点で見ても、全天候型になることで大会やラグビーのイベントを開きやすくなる。親子連れでラグビーを楽しむフェスティバルであったり、特に離脱率の高い中学生のための大会ができればと思っています。大型スクリーンも最新式ですから、花園や熊谷などといろんな会場を繋ぐラグビー教室などもできるかもしれません」

*第3回の記事はこちら

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