日本代表 2023.10.05
【再録・解体心書④】19歳の開拓者。福井翔大

【再録・解体心書④】19歳の開拓者。福井翔大

[ 編集部 ]

 県選抜での経験は、引っ込み思案だった少年を大きく変えた。そして、将来を決定づける出来事は高2の3月に訪れた。花園で優勝し、先輩の箸本龍雅主将(現明大)らと、高校日本代表に選ばれてアイルランドに遠征したときだ。2年生で選ばれたのは福井とアシペリ・モアラの2人。最終戦でU19アイルランド代表と対戦し、31-50で敗れた。

「ボコボコにされました。そのとき、キクさん(菊谷崇/FWコーチ)に“これからアイルランドの選手たちはプロに行くんだよ”と聞かされた。すでにこれだけの差をつけられてるのに、大学行ってたら、絶対追いつくのは無理。その頃から“大学に行かずに、すぐトップリーグに行きたいなあ”とぼんやり考えるようになりました」

 帰国後ほどなく、熊谷で春の高校選抜大会が始まった。そこで藤田雄一郎監督と進路についての話し合いをしたときのこと。すでに多くの大学から誘いが来ている中、本人は悶々とした日々を送っていた。

「大学に行かずにトップリーグなんて、普通に考えたら、ありえない話じゃないですか。大学もせっかく誘ってくださってるし、将来のこともある。選んだ道が正しいのかも分からない。ずっと口に出せなかった。

 進路の話をしているとき、監督が察してくださったんです。“お前、どうしたん?”って。大学の話をしてくれたんですけど、全然耳に入ってこなくて、ずっとボーッとしてた。よっぽど嫌な顔をしてたのかもしれません(笑)。

 そこで自分の気持ちを話しました。そうしたら“協力しよう”と言ってくださって、チームを探してくれて、パナソニックだけがOKの返事をくれたんです」

 大学を経ずにトップリーグに行くことを決めたのは、東福岡で培った信念があるからだ。

「周りが強い環境じゃないと、上にいくのは厳しい。自分が最も成長出来るのは、いちばんきつい環境に身を置くこと。実はそれがいちばん楽な方法じゃないかな、と」

 十代でその確信を持てるなら、上の世界に進むのも納得だ。

 かくして一昨年11月16日、東福岡高校で会見を開き、パナソニックへの入団を発表。昨春から、太田で一人暮らしが始まった。念願かなったとはいえ、プロになった当初は、目に見えない負担がかかっていた。

「周りはテレビでしか見たことのない人ばかりで、僕が勝手にびびってしまって、話しかけられなかった。ずっとお腹をこわしてて、病院に行ったら、ストレス性胃腸炎と言われて。それで4~5㌔痩せました」

 練習での戸惑いも大きかった。

「レベルはめちゃくちゃ高かったです。いちばん初めの練習でタッチフットをやったんですが、コリーさん(現FWコーチ)にふざけて背中をタッチされただけで、しゅっと息が止まりました。強すぎて。“やばい。こんなに差があるんだ”と。でも練習しているうちにいつの間にか慣れていきました」

 トップリーグデビューは10月20日のキヤノン戦。その週も「メンバー発表の2日後、緊張でお腹こわしました。僕、お腹にくるんです」

 後半34分、マット・トッドの交代で出場。プレー時間は6分だった。

「プレー時間は短いんですけど、あの場に立たせてもらっただけで、幸せだなあと感じました」

 最終的に、トップリーグは交代で6試合に出場した。

「1年目は思っていたより試合に出られたので百点。前例がないから基準をつけづらいけど、僕の中では楽しかった」 

 高校からトップリーグに進んで、最も違いを感じたのはスピード。

「ヒガシももともとテンポははやいし、高校ラグビーも身軽さが売りじゃないですか。でもいざ入ってみたら、こっちのほうが全然はやくて、パフォーマンスどうこうより、試合についていくだけで必死。最近、ようやく慣れてきました」

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