海外 2023.04.10

【フランス】『喪に服した父の戦い』出版される。

[ 福本美由紀 ]
【フランス】『喪に服した父の戦い』出版される。
ニコラが他界した週の週末は、各地の試合で黙祷が捧げられた。写真はハイネケン・チャンピオンズカップのレンスター×バース。(Getty Images)
こちらは、事故から2年後のスタッド・フランセのTwitter。ニコラへの思いを伝えている。



 フランスで、「ラグビー:死ぬこともゲームの一部(直訳)」という本が出版された。著者はフィリップ・ショーヴァン(54歳)。2018年に息子のニコラをラグビーの試合で亡くしている。本のサブタイトルは『喪に服した父の戦い』である。

 ニコラは当時18歳、6月にスタッド・フランセのエスポワール(アカデミー)に加入したばかりだった。
 12月9日、初めてスタメンのチャンスが巡ってきた。相手はボルドーのエスポワールチーム。父はいつもニコラの練習や試合を見に行っていたが、この日はニコラの兄の誕生日を祝う予定になっていた。「お前の試合はこれからもいくらでも見ることができる」と、ボルドー行きの電車の発着駅であるパリのモンパルナス駅まで息子を見送った。

 夕方、クリスマスツリーのもみの木を買いに行っている時に父の電話が鳴った。スタッド・フランセのマネージャーからだった。
「ニコラが意識を失って救急車でボルドーの病院に運ばれた」と告げられたが、それまでもニコラと他の2人の息子も、そして自身もラグビーをしていて病院のお世話になったことはあった。
 脳震盪だろうと思ったが、ラグビーにはよくあること。それほど大事だとは思わなかった。

 買い物を済ませて帰宅し、病院に電話をしてみた。

「第2頚椎骨折、頸髄損傷で心肺が停止している」と医師から告げられた。驚いたが、まだ事の重大さを理解できていなかった。
 ニコラは体格もいい(194センチ、94キロ)。緊迫した試合でも何度も衝撃に持ち堪えていた。
「今夜のうちにボルドーに行ったほうがいいのか?」と尋ねた。「今夜のうちにお越しになることをお勧めします」と医師は答えた。

 病院に到着すると、手術を担当した医師が迎えてくれた。
「下半身麻痺の可能性があるのか?」と質問すると、「全身麻痺の危険がある。10分間心肺が停止し、その間脳に酸素が送られていなかった。息子さんは昏睡状態。人工呼吸器なしでは呼吸もできない」と医師は答えた。
 病室に入ると、あらゆる機器に繋がれたニコラが横たわっていた。

 相手チームの2人の選手から危険なタックルを受けたのだと説明されたが、その時はそれどころではなかった。

 3日後、医師の診断と家族全員の同意のもと、ニコラに繋がれていた機器が止められた。

 病院でスタッド・フランセのスタッフに試合のビデオを見せてもらった。息子の死に至ったタックルのシーンは見る気にはなれなかったが、「緊張で固くなっていなかったか、試合にしっかり入れていたのかが気になっていたから、試合の最初の部分だけ見せてもらった。
 ビデオを見て安心した。開始早々、タックルを決め、味方ボールになり、そこからの一連の流れでトライまで決めていた。これ以上望めないスタートを切っていた。息子は幸せだったのだ」

「ではなぜ? 何が起こったのか?」という疑問が、葬儀を終えてから湧き上がった。
 試合の続きを見た。味方からのパスを受けるために止まっていたニコラを目掛けて2人の選手が突進してくる。1人目の選手がニコラの頭に接触し、2人目の肩がニコラの顔を激しく打ち付けた。
 ニコラの体はたわみ、その場に崩れ落ちた。スタンドから悲鳴が上がった。

 この年、フランスでラグビーの試合中に危険なタックルの犠牲になり亡くなった若者は、ニコラで3人目だった。

 その後、フランス協会はアマチュアの試合でのダブルタックルを禁じ、タックルのゾーンをウェストから下に下げた。
 また、ニコラがプレーしていたエスポワールのカテゴリーでは、当時18歳から22歳、時にはプロ選手も感覚を取り戻すためにプレーしていたが、体格、筋力、経験値などの差が事故の原因になり得るとし、プロ選手は出場禁止、年齢も21歳までとした。

 しかし、協会の内部調査は、タックルをした選手を規律委員会にかけるだけの証拠がないとし、選手の処分に動くことはなかった。
 タックルをした選手にカードは出されていなかった。ペナルティも課されず、このプレーに関する記載が試合の報告書にないのだ。

「このプレーが規則にかなったものだとするならば、死ぬこともゲームの一部ということなのか」と父は問いかける。

「ラグビーとは、パワーだけではなく、スピード、頭脳、ハンドリングの器用さ、そして己をコントロールするディシプリンが求められるスポーツであり、どれだけ巧みにプレーを生み出すことができるかを競うゲームだ。しかし最近は相手を破壊するゲームになってきている」

 アマチュアレベルではあるが、25年間プレーを続けた根っからのラガーマンである父はラグビーの現状を危惧する。ラグビーが危険なスポーツにならないように、ラグビーに関わるすべての人に訴える。

「プロの試合で見たことを、アマチュアは真似る。また破壊的なタックルを盛り上げる実況や解説、観客にも理解してもらいたい。ワールドラグビーの競技に関する規定の第9条11項に『選手は、無謀、または他人に危険を及ぼす行為をしてはならない』と定められている。我々にはそのルールを守る責任がある」

 まず、加害者にも被害者にもなり得る選手たちに思い出してもらうために、試合が行われるスタジアムにこの条文を掲示することを呼びかけたが、応じてくれたのはパリがあるイル=ド=フランス県のリーグだけだった。

 それでも父は訴え続ける。
「ラグビーのコアバリューを守るため、そして選手がプレーできる喜びを享受し続けられるように」

 そして、ニコラに起こったことが、もう誰にも起こらないように。


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