【コラム】ギョーザ耳の司令塔が遺したもの
「自分がどうこう言えるのは、5年後、10年後も帝京大学が今のようなチームであった時だと思います」
相馬朋和監督はその巨漢にほほ笑みをたたえて、ぽつりと言った。
2023年元旦、住宅街の中にある帝京大学ラグビー部の練習グラウンド。準決勝へ向かう大学王者は、近隣住民に迷惑がかからぬよう大きな声を出さないで最後の合わせをしていた。
静かな新年のスタートは、岩出雅之・前監督から重いバトンを引き継ぎ、努めて謙虚であり続けようとしている新監督の神妙な態度と妙にマッチしていた。
昨春にも帝京を取材した。場所はグラウンドでなく、大学構内の一室だった。
ユニバス(大学スポーツ協会)との連携の一環で、新入部員たちが入寮した3月半ばから6回にわたって大学の数学、国語、英語の予習をしていた。
本分である学業への取り組み方を入学前から身につけさせる狙いで、講師役を相馬監督が務めていた。
国語の授業がよかった。学生たちがレポートを書き、それぞれの文章について意見交換をしていた。
「自分の思いと、他人の意見にはギャップがある。そこで新しい思考が生まれるのが面白いと思った」
そんな感想を言った部員に対して、相馬監督はフィードバックの大切さを説いた。
「自分が書いたものを人に見てもらうことは恥ずかしいかもしれない。でも、他人の指摘を自分の成長に生かすことができるなら、君たちはこれから、行きたいところに行くことができる」
「フィードバックをもらうことを恐れないで。そうすれば成長できる。勉強もラグビーも一緒」
監督に背中を押されると、さすが、帝京ラグビーの門をたたいた若者たちの適応は早い。意見交換は論戦となり、活気を帯びていった。
教員免許を持っていなくても、「先生」の風情を漂わせる相馬監督の指導力を垣間見た瞬間だった。
それぞれの座右の銘をプレゼンする時間もあった。周りから「いい言葉だ」と促された東福岡出身のFW蔵森晟は「優(すぐ)れるな、異(こと)なれ」という言葉を、同期のみんなに紹介した。
「尊敬する先輩がいて、そのプレーをまねしようとしたことがある。だけど同じようにはできなかった。でも、そこで頑張るのでなく、人と異なる自分だけの長所を伸ばしていった方がいい、と気づいた。そんな意味のこもった言葉です」
蔵森は高2のころ、芸人の中田敦彦さんが開設した「You Tube大学」でこの言葉を知り、大切に胸に刻みこんだという。
「そうだよな。人と同じじゃなくて、いいんだよ」。相馬監督の顔はほころんでいた。
強すぎる帝京を説明する時、私はつい「医学部を含む大学のサポートの手厚さ」や「いい選手を次々と勧誘できるスカウト力」といったグラウンド外の要素を挙げてしまう。分かりやすいからだ。
しかし、一番の要素は、彼らが濃密な365日を過ごしているからに尽きると思う。
過去の10度の優勝を遂げた先輩たちの背中を知る彼らは、現実的な目標として、次の坂手淳史や姫野和樹、流大や松田力也になる、といった次元の高い目標を自然と立てられている。
今季、帝京を頂点に導いた立役者の一人、副将のSO高本幹也は右耳がプックリと膨らんでいる。いわゆる、ギョーザ耳だ。