コラム 2022.05.26

【ラグリパWest】部長として還る。石藏慶典 [福岡県立浮羽究真館高校ラグビー部]

[ 鎮 勝也 ]
【ラグリパWest】部長として還る。石藏慶典 [福岡県立浮羽究真館高校ラグビー部]
福岡・浮羽究真館高校のラグビー部部長についた石藏慶典さん。14年ぶりにこの学校に戻って来た。教え子でもある吉瀬晋太郎監督とともに激戦区を勝ち上がり、全国大会初出場を目指す。学校の最寄り駅のJR筑後吉井駅にて



 14年ぶりに戻って来た。ラグビー部の部長としてである。

 石藏慶典(いしくら・よしのり)は今年4月から浮羽究真館にいる。この6月で52歳。ベテランの保健・体育教員でもある。

 最初にこの福岡にある県立高校に来たのは1998年。当時の校名は「浮羽」。11年の在籍中、現校名に変わった。

「知っている先生で残っていたのは1人だけです。でも、アウエー感はありません。毎日楽しいです。純粋にラグビーがあり、15人以上の部員がいてくれています」

 前任校は久留米筑水。ラグビー部はなく、バレーボールや柔道の顧問をした。その帰還まで、ラグビー部を守り、強豪化したのは監督の吉瀬晋太郎(きちぜ・しんたろう)。同じ保健・体育を教える同僚は、また浮羽時代の教え子でもある。

「自分なら教えてくれた先生と一緒にやるのは嫌です。やりにくいと思います。シンタローは偉いなあ、と思います」
 受け入れてもらっている喜びは顔のゆるみに出る。普段は「キチゼ先生」と呼ぶが、時折昔の呼称になる。歴史がにじむ。

 吉瀬は今年8月で37歳。母校で8年目に入った。今、部長を得る。
「石藏先生が戻って来てくださって、それはもう、すごく助かっています」
 不在の時は15歳上の恩師に指導を頼める。デスクワークや保護者の対応も疎漏はない。

 石藏は流れに身を任せている。
「異動願いは出していませんでした」
 農業校を祖にする久留米筑水には3年いた。その間、教員として、幅の広がりを感じる。
「高校は机に向かうだけじゃないことを知りました。作業している姿が見えました」
 校内で植木の剪定者に「ご苦労さまです」と頭を下げる。よく見れば生徒だった。

「成長の仕方は色々あることがわかりました。先生方も生徒を教え導くために様々なチャンネルを持っています」
 学科は福祉や調理もある。生徒の個性を尊重しながら、教えを届かせ、社会に送り出す。久留米筑水の前は久留米に10年いた。ここは進学校のひとつ。勉強が主だった。

 久留米ではラグビー部の監督だった。末期は小人数になる。その状況でバレーボール部と共闘。お互いの部員を貸し借りして、県大会に単独校として出場を続けた。その胸にアイデアを蔵する。

 出身高校は筑紫。しかし、冬の全国大会出場6回のラグビー部ではない。バスケットボールをやった。競技を始めたのは福岡教育大に入学してからである。
「小さい頃に2、3回、ラグビースクールに行ったことがありました。今考えればラグビーと縁があったのかな、と思っています」
 大学ではセンターやウイングをこなした。

PICK UP