国内 2022.05.23

「レジェンド」への贈り物。九州電力の最年長、LO浦真人が引退

[ 編集部 ]
「レジェンド」への贈り物。九州電力の最年長、LO浦真人が引退
190センチ、105キロのサイズのハードワーカー。(写真提供/九州電力キューデンヴォルテクス)
娘たちからの花束贈呈に感激。(写真提供/九州電力キューデンヴォルテクス)



 試合を終えたばかりの熊本・えがお健康スタジアム。
 大型スクリーンに、これまでの足跡を振り返る映像が流れた。引退を知らせるアナウンスとともに拍手が起こる。小学校6年生と中学2年生の娘たちが、花束を持ってやってきた。

 九州電力キューデンヴォルテクスの浦真人(うら・まさと)は、幸せな現役最後の時間に恐縮していた。

「震えたよ。まさか、というのが大きくて。色んなすごい選手や先輩がいたけど、グラウンドであんなに盛大に送り出してもらったのを見たことがない」

 驚きすぎて泣く暇もなかった。企画をした仲間達に向かい、190センチ、105キロの体を折り曲げ、頭を下げた。

 入団16年目の38歳。ラグビーで最も大きな選手がやるLOとして「九州の雄」を支え続けた。
「勝手にターゲットを上にしてしまう性格。現状に満足したことがあまりなかった」と自分に厳しく、口数は多くなくとも背中を見せて仲間を引っ張った。
 チーム最年長となってからも数年。2020年には人生で初めて主将(共同キャプテン)を任された。選手生活の晩年も、存在は大きくなるばかりだった。

 そんな「レジェンド」に、クラブ史上最大級の称賛として引退セレモニーが贈られた形だ。

 今季の出場機会が無かったことで引き際を決め、首脳陣には4月初旬に意向を伝えていた。
「試合に出られなくなったら辞めようと。ここ2、3年はずっと思っていた。心に体がついていかなくて、意外とプレーできるな、くらいのところはあったから。若手が出た方がいいと話し合いもして」

 ディビジョン2昇格の可能性はない順位決定戦。来季のために若い選手を入れることも可能だった。それでもFWコーチ時代から付き合いの長いゼイン・ヒルトンヘッドコーチは、「最後の試合で浦を使う。どんなことをしても絶対そうしなきゃいけない」とチームを鼓舞した。
 最終戦に勝って浦を送り出すことは、ヴォルテクスにとって大きなモチベーションになった。

「浦のおかげで一つになれた時間だった」とは赤間勝監督。
「貢献の度合いでは、彼以上の存在はいない。その功績に対して何ができるのかと考えた」

 最後のミーティング。高校の後輩でもある共同主将のFL高井迪郎は、憧れへの惜別を込めた。
「やっと浦さんが引退を決めた。ずっと『俺がいなきゃダメだ』ってどこかで思っていたはず。心配せずに任せられると思わせることができた」

 ビジョンに映す動画は、クラブが業務委託する会社が「浦さんのためなら」と率先して用意したものだ。チームは「伝説の漢」と描かれたTシャツを作り、前日練習でも着用。メンバーへのジャージー渡しも、初めて選手の立場で浦がおこなった。

「いつの間にか、俺の引退試合だとみんなが雰囲気を作ってくれていて。照れくささと、ありがたさと…。ただ、自分にとっては今年初めての試合。やってやるぞという気持ちだけだった。戦術とストロングポイントにフォーカスして、何ができるかと考えながら準備していた」

 トップ九州、トップリーグ合わせて130試合以上に出場。リーグワンでは最初で最後の試合だ。
 クリタウォーターガッシュ昭島との一戦。満を持しての出場機会は後半20分過ぎにおとずれた。

 低いタックル。密集に入り、最後まで走って、体を投げ出した。
 実は器用でパスがうまく、体格によらず走力もキレもあるのが持ち味。しかし派手なプレーはせず自分の仕事をこなした。いつも通りに、チームのために。

 36−24での快勝。あれだけ舞台を整えてくれた後輩も、みんな目の前のプレーに集中していた。「最後だからではなく、いつも通りチームが勝つために」。自身がそう思っていたことと、全員が同じ気持ちになっていた。それが嬉しく、誇らしかった。

 福岡県前原市(現糸島市)出身。幼い頃から体は大きく、友人の誘いで小学校3年の時に初めて楕円球に触れた。大分舞鶴高、同志社大という名門で中心選手に。
 トップリーグのほとんどのクラブからあった誘いを断って、社会人では九州に戻る選択をした。

「あんな経験は二度とできない」という大逆転でトップ昇格を決めた2012年のキヤノン戦も、その後の無念の降格もあった。そんな16年間の総括は「楽しかったよ」。
 一言に万感がこもる。

 でも、「欲を言えば高いレベルでずっとプレーしたかった。結果さえ出し続ければ、会社にも伝えることができて、もっと強化を考えてくれるはず」。
 その思いは、最高の贈り物をしてくれた後輩たちに託す。
「まだまだ。もっとやらないといけないよ。一日一日を大切にして取り組んでほしいね」

 指導者への要請もあったが、28年も続けたラグビーから今は少しだけ離れ、自分の時を作ると決めた。

「家族と過ごす時間もできる。仕事でも、どんなことにせよまた場数を踏んで、成功も失敗もするだろうし、何かやってみたいことが色々と出てくるかもしれない」

 第二の人生でも多くから慕われ、そこで体を張って、称えられる存在にきっとなる。
 浦真人はそういう男だ。



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