筑波大の新SO、浅見亮太郎はルーキーでも堂々プレー。3年連続慶大撃破へ、キックで導く。
千葉県出身。小学生の時に神戸に引っ越した。家の近くにたまたま西神戸ラグビースクールがあり、1年生から通い始めた。
高校は仲間が関西の強豪校に進学を決める中、関東の流経大柏を選んだ。中学の時点で、大学は対抗戦でプレーしたいと強く思ったからだ。
「対抗戦の試合や秩父宮の早明戦などをテレビで見て、憧れました。関東の高校に行けば、(対抗戦所属の)大学の進学にもつながると感じましたし、近くで見られる。BKの強いチームにも行きたかった。筑波に決めたのも同じ理由です」
浅見の1年時に、流経大柏はアシックスカップで優勝。BKは確かに強かった。
さらにその年の花園では、創部初の4強入りを果たす。浅見はFBで全試合に先発するも、「個人としては良いプレーはできなかった」。
「リザーブに3年生もいてプレッシャーがありました。結果としてベスト4までいきましたけど、(FBが)自分ではなかったらもっと上までいけたと思うこともあった」
2年時の最初は中学ぶりのSO、後にCTB 、3年時の昨季は再びFBに戻った。もともと器用なタイプなのだ。
特技は散髪。高校の時に遊びで始めたが、「YouTubeを見たりして」上手くなった。寮でチームメイトの髪を切るのは、大学でも続き、すでに1年生同期の半数以上は浅見にお世話になったという。
共同キャプテンとしてチームを引っ張った3年時の花園は、準々決勝の常翔学園戦(〇21-17)、準決勝の大阪朝高戦(●10-14)と、第100回大会を彩る好ゲームを見せた。朝高戦では最後の最後まで攻め続けるも、インゴールまで届かなかった。
「あそこで取り切れなかった悔しさがあるから、ワーナー(ディアンズ)が日本代表(候補・NDS)に選ばれたように、みんなそれぞれの場所で頑張れてる」
筑波大入学直後はFB松永貫汰主将のリザーブも、フィジカルの強さを買われてCTBへ。
「体をぶつけるラグビーらしさがあって、しっくりきていた」
SOを急遽任されたのは夏からだ。SOのけが人が相次ぎ、浅見に白羽の矢が立つ。それまでの正SOは同期の堀日向太だった。
「堀とは同じ寮(学生寮)にいるので、一緒にご飯を食べながらスタンドのことを話したり、練習の動画を見ながらアドバイスをもらってます」
短い期間で大役を任されても動じずにプレーできたのは、堀のほかに上級生の影響もあったという。
「先輩たちがめちゃくちゃ優しくて。全員に話せる機会があって、1年生にも話を振ってくれる。(思い切ったプレーができたのは)1年生だから、というのを先輩たちが見せないようにしてくれたおかげでもあります」
筑波大は序盤に大一番が続く。一息つく暇もなく、26日には慶大戦を迎える。浅見は2戦連続の先発が決まった。
「慶應はラグビー理解度が高い。ディフェンスも真面目で穴がないです。そこで筑波のアタックがどう機能するかがキーになる」
すでにチームの核となりそうなルーキーが泰然として、対抗戦初勝利を狙う。