海外 2021.07.01

「3冠達成」トゥールーズ、強さの裏側。スタッフが事前に取り寄せた全員の「ジャージー」

[ 福本美由紀 ]
「3冠達成」トゥールーズ、強さの裏側。スタッフが事前に取り寄せた全員の「ジャージー」
欧州王座に就き、フランスリーグも制して最高のシーズンだったトゥールーズ(Photo: Getty Images)


 ラグビーのフランス最高峰リーグ、トップ14の決勝戦は、トゥールーズがラ・ロシェルの強みを完全に封じ込めることに成功し、21回目の優勝を飾った。欧州チャンピオンズカップと合わせて2冠、さらにエスポワール(アカデミー)でも優勝しており、今季は3冠達成となった。

 戦前の予想ではラ・ロシェルが優勢だった。トゥールーズはなぜ勝てたのか? 戦術と、それを80分間完璧に遂行した選手たちの勝利と言われているが、ここでは試合では見られなかった裏側を紹介したい。

 試合前、グラウンドに入場するトンネルに先に現れたのはラ・ロシェル。チャンピオンズカップの時よりもリラックスしている。一方、遅れてロッカールームから出てきたトゥールーズは厳しい顔つき、中には目を赤くしている選手もいる。トゥールーズの方がチャレンジャーの顔をしていた。
 実はトゥールーズのスタッフは、すべての選手の出身アマチュアクラブのジャージーを事前に取り寄せていた。決勝前日に選手全員が、自分がラグビーを始めたチームのジャージーに袖を通した。
 「オークランド・ユニバーシティ・ラグビー・クラブのジャージーを再び来て、これまでの道のりをあらためて思い感動した」と、この試合で現役引退となったジェローム・カイノは言う。感情面でも準備は万全だった。

 この試合、2本のドロップゴールを決めたトゥールーズだが、ドロップゴールを使ったのは、今季初めて。「手でプレー=トゥールーズのプレー」と言われるように、パスをつないでトライを取るプレースタイルのトゥールーズでは、ドロップゴールは最近あまり使われていなかった。しかし、「決勝ではドロップゴールも勝つためのオプションになる」というユーゴ・モラ ヘッドコーチの指示で、この6週間練習してきた。
 「試合でドロップゴールを蹴った時も、練習で蹴っている時と同じ感覚で蹴れた」と言うトマ・ラモス。一方、約50メートルのドロップゴールを決めたチェズリン・コルビは、「正直、自分でも何を思ったのかわからないけど、アントワーヌ(デュポン)からボールを受け取って、一か八か狙ってみた。ボールがゴールポストの間を通ったのを見て、僕自身びっくりした。練習ではあまり成功していなかったから」と振り返る。試合前のウォーミングアップでも5本中1本しか成功していなかった。本番でしっかり成功させる、さすがワールドクラスだ。3点という得点以上に、ラ・ロシェルに与えた精神的なダメージは大きかった。

トップ14で初の決勝進出だったラ・ロシェルも精いっぱい戦った(Photo: Getty Images)

 「今季を振り返ってひとつだけ取り上げるなら、このグループの強い団結力だ」とカイノは言う。「今季、チーム内では『決して1人にしない』と声を掛け合ってきて、グラウンド外で誰も1人にならないようにしてきた。それがグラウンド上でも自然にできていた」と続けた。
 メディカルジョーカーで1月に入団したフアン・クルス・マリアや、4月に加わったばかりのサンチャゴ・チョコバレスまでもがチームにフィット、生き生きとプレーしているのを見ても、チームの一体感は感じられる。ちなみに、マリアはチャンピオンズカップの優勝メダルを、けがで出場できなかったソフィアンヌ・ギトゥーンヌに贈っている。

 表彰台でブレニュス盾(優勝盾)を掲げるのはキャプテンの役目だが、盾を受け取ったキャプテンのジュリアン・マルシャンは、みんなが待っている表彰台まで行くと、今季で引退するカイノとヨアン・ユジェにその役を譲った。
 2年前にトゥールーズが優勝した時もキャプテンだったマルシャンだが、シックスネーションズ(欧州6か国対抗戦)で膝靭帯を負傷したため、決勝トーナメントには出場できなかった。その間ゲームキャプテンを務めていたカイノが、2年前の表彰式で優勝盾をマルシャンに掲げさせた。マルシャンは、必ず優勝してお返しをすると心に誓っていたのだろう。

 また、この日のトゥールーズのスコア18点のうち、15点を正確なキックでたたき出したトマ・ラモスは、この日着ていた10番のジャージーを、脳しんとうで試合に出ることができなかったロマン・ンタマックにプレゼントした。
 「試合後、トマ・ラモスが僕のところに来て、『これはお前のものだから』とジャージーをくれた。涙がこみ上げてきた。これなんだ、僕たちはファミリーなんだ! 今夜の決勝は50人全員で戦った気がする。こんなグループはなかなかない。この数年間の努力が報われた」とンタマックが興奮して話した。

ブレニュス盾に触れ、優勝の喜びをかみしめるトゥールーズのファン(Photo: Getty Images)

 翌日、トゥールーズ市内では優勝パレードがおこなわれ、12,000人ものサポーターが集まったと言われている。
 「今季は無観客試合が続いていたから、タイトルを獲得して、みんなと分かち合いたいと思っていた。今日みんなでこの喜びを分かち合えたのは、とても意味があること」とデュポンは語っており、サポーターや地域との強いつながりも彼らのパワーになっていることが感じられる。

 一方のラ・ロシェルはこの日、市長を表敬訪問。市庁舎前には300人ほどのサポーターが集まって「メルシー! メルシー!」とコールを送った。ヴァンサン・メルラン会長は「シーズンを通して、選手たちは立派に戦ってくれた。確かに、昨日の決勝で自分たちの本来の力が出せなかったのは残念だが、これがスポーツ。勝つ時もあれば負ける時もある。『君たちは素晴らしい選手、素晴らしいチームだ。歴史に残ることを君たちは成し得たのだ』と繰り返し言っているが、選手の心に届かせることができない。時間が経って、彼らもこのことをわかってくれればと思う」と、あらためて今季の選手たちをねぎらった。

トップ14決勝。トゥールーズファンに囲まれ、ひとりラ・ロシェルを応援するファン(Photo: Getty Images)

 かつてない長いシーズンがやっと終わった。PCR検査の結果にドキドキしたり、試合が突然延期・中止になったりと、ラグビー以外のところでも神経がすり減らされた。決勝に進出したチームの選手は、すでにオーストラリア遠征に旅立ったフランス代表の選考から外れており、やっと心身ともに休める時を迎えた。長くてタフなシーズンを戦い、毎週熱戦を繰り広げ、楽しませてくれた選手・スタッフに「Merci et bonnes vacances !(ありがとう、よい休暇を!)」の言葉を送りたい。

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