コラム 2021.07.01

ありがとう。フランス・トップ14「中の人」。27万フォロワーのインフルエンサー、逝く。

[ 福本美由紀 ]
ありがとう。フランス・トップ14「中の人」。27万フォロワーのインフルエンサー、逝く。
多くの人に愛されたフィル・ヴィニョロ氏(写真はTOP14の公式ツイッター、@top14rugbyより使用)


 6月19日、トップ14準決勝・トゥールーズ対ボルドーの試合中、ツイッターで、フランススポーツ界の顔として活躍してきたフィル・ヴィニョロ氏の訃報が流れた。ただ、彼がプレーしていたフィールドは、グラウンドでもコートでもなく、ツイッターだった。

 彼の死去に関してLNR(トップ14の主催団体)からは「彼のGIF動画、ユーモア、思いやり、そしてスポーツへの情熱で、彼のフォロワーにラグビーを広めてくれた」。スタンドで試合を観戦していたフランス代表ヘッドコーチのファビアン・ガルティエも「ポジティブなエネルギーで、貪るように人生を全うし、人々に幸せを届けた」とオマージュを贈った。また試合中だったトゥールーズとボルドーからも、次々と追悼メッセージがツイッターに投稿された。スポーツメディアだけでなく、フランス有力紙のル・モンドやフィガロも彼の死を報じた。

 フィリップ(フィル・ヴィニョロ)氏はマルセイユ生まれ。ミオパチー(筋疾患)を患って生まれてきた。9歳から車いすの生活を余儀なくされ、16歳で気管切開手術をおこない、人工呼吸器を装着した。
 幼いころに父を亡くし、母はアル中で暴力をふるい、家を出た。一緒に住んでいた姉も彼を残し失踪。困り果てていたところ、サッカーの応援で知り合った同じアパルトマンに住んでいる夫婦が手をさしのべ、最期まで一緒に暮らした。マルセイユといえば、サッカーのオランピック・ド・マルセイユとその熱狂的なサポーターで知られており、彼もその1人だった。

 @philousports(フィルスポール)で知られている氏のアカウントのフォロワーは27万人を超える。大のスポーツ好きの彼は、サッカーやラグビーなどスポーツのシーンを切り取ってGIF動画を作り、茶目っ気たっぷりのコメントを添えてツイッターに投稿していた。その情熱はサッカーにとどまらず、ラグビー、バスケットなど、あらゆる競技に向けられた。サッカーのリーグ1や、ラグビーのトップ14についてのコメントに、試合のスクリーンショット画像を添えてツイッターに投稿し始めたのが2011年。その後GIF動画も作るようになり、彼独特の視点と思いやりとユーモアにあふれたコメントで、みるみるうちにフォロワーを獲得していった。

 2016年に日常生活に必要な電動車いすの購入のため、レキップ紙の記者がクラウドファンディングを立ち上げると、24時間で15000ユーロ(約200万円)が集まった。「突然、愛情の津波が押し寄せてきたようだった。心の準備ができていなかった。人々の愛情あふれるメッセージに感動した」
 彼の人気に目をつけた企業やブランドがスポンサー契約を結び、2018年にはLNRのアンバサダーに就任。トップ14のツイッターの「中の人」になって試合を盛り上げた。ツイッターは彼の人生を変えた。障がい者手当に頼らず経済的に自立しただけでなく、彼が夢見ていたスポーツに関わる仕事をし、憧れの選手と交流することもできた。

 昨年8月に、2024年パリオリンピックの公式アカウント「Paris2024」の「中の人」を1日務めたことで、新しい夢が芽生えた。「パリオリンピックで聖火リレーランナーになりたい」
 そもそも1984年のロサンゼルスオリンピックで4冠に輝いたカール・ルイスを見て感動したことが、スポーツの魅力にハマったきっかけだった。それ以来、オリンピックは彼の人生の目標になった。
「次のオリンピックも絶対に見るぞ!」

 オンラインメディアの「Brut.(ブリュット)」が、2年前の取材時の映像と並べて、この2年間での変化を伝えている。

 2年前は自分の声にコンプレックスを感じて、スマホやPCで筆談していたフィリップ氏が、今回は自分の声で話している。
 「自分の声と話し方を受け入れた。僕ももう49歳、人にありのままの自分を受け入れるように言っているのだから、僕もそうしなきゃね。こうすることで自分を解放できた。自分の嫌なところも含めて、自分を受け入れられるようになった。僕のささやかな知名度を利用して、みんなに(障がいがあっても)可能なんだということを見せたいんだ。『元気がない時、あなたのビデオを見ると元気が出るの』というメッセージをもらうと、自分は無駄ではないんだと言ってもらっているみたいでとても感動する」と話している。
 「最後に付け加えたいことは?」と聞かれ、「Merci(メルシー)。忘れられがちな5文字だから。Merci(メルシー)」。
 とても幸せな笑みだった。
 奇しくも、この動画が公開された翌日にフィリップ氏は息を引き取った。

 「Paris 2024」のアカウントには「君は聖火ランナーになることを夢見ていた。私たちは君に聖火ランナーになってもらうことを夢見ていた。スポーツは人生を変えるということを君は証明してくれた」というメッセージが投稿された。

 氏が最後に投稿したTOP14のツイートは、ラシン92を下し決勝進出を決めた瞬間、スタッフと抱き合って喜ぶラ・ロシェルのヴァンサン・メルラン会長の心温まるイメージだった。

▼トップ14決勝戦会場、スタッド・ド・フランスの大型ビジョンに映されたフィリップ氏

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