コラム
2020.07.30
【コラム】喧騒の中に。
危機感を共有するため、窮余の策として「全員キャプテン制」が採られた。円陣でのスピーチなどを学生が交代で担当する。自主性を育む試みは徐々に実り出す。「いい意味で誰がリーダーか分からなくなった」。下級生の率直な感想は、日本代表の主将、リーチ マイケルの言葉を思い出させた。「このチームには本当に素晴らしいリーダーが周りにそろっている。誰がキャプテンにいってもうまくいく」
「傷」がすべて癒えたわけではない。特に、事件の当事者だった宮川泰介はなおさらだったようだ。番組とは別の記事の中だったが、事件から1年半を経ても宮川のタックルに遠慮がみられるという談話を橋詰功監督が残している。相手を傷つけ、チームや競技そのものをおとしめた罪悪感が消えず、タックルに行く足をすくませていたのだろうか。
ここには、同様に激しい肉弾戦が行われるラグビーにも通底する問題がある。当時も本欄で書いたが、事件の根幹にあったのは「フェア」の理念の軽視や誤解だろう。当時の内田正人監督が記者会見で強調したのは、「ルールの中」でのプレーを指導していたということだった。
ラグビー日本代表や早大の監督を務めた故・大西鐵之祐の『闘争の倫理』から、フェアに関する記述を引用する。「自分の良心に照らして絶対に恥じない行動、それを誇りとするような共通の精神」「自分の生き方がきたないかきれいかという考え方」。ルールの遵守はフェアの大前提で、大事なのはそれよりも高い倫理観を持てるかどうか。ルールを守るだけで良しとする姿勢は「審判が見ていなければ大丈夫」という堕落に転じやすい。