コラム 2020.05.22
【コラム】変わる、変える。災後のラグビー

【コラム】変わる、変える。災後のラグビー

[ 谷口 誠 ]

 ラグビーを続けること自体が難しくなることもあるだろう。家庭の経済状況が悪化したりアルバイトの口が減ったりして、部活どころではなくなるケース。希望の進学先を諦めざるを得なかったり、進路が見つからない学生も表れるかもしれない。「弱者」への支えはこれまで以上に必要になる。

「#ラグビーを止めるな2020」。

 高校生のプレー動画にこの文字を添えてツイッターに投稿し、選手の進路の開拓につなげようという取り組みが始まった。発案した日本ラグビー協会リソースコーチの野澤武史さんは「大学の(部員獲得を担当する)リクルートの人から『いい選手がいないか』と頻繁に聞かれるようになった。それなら高校の先生も学生の進路を探すのに困っているだろうと思った」と説明する。

 スタートから約1週間。当初想定していた高校生だけでなく、大学生や指導者らからの動画投稿も相次ぐ。情報が共有された回数は1万回を優に越えた。

 この取り組みは若者の心の糧にもなるのではないか。コロナの影響で、学生のスポーツ大会が次々に取りやめになっている。野球では春の甲子園大会に続き、夏の中止も決まった。高校生活最大の目標を失った選手からは悲痛な声が漏れる。その絶望を思うとき、慰める言葉はなかなか見つからない。

 ラグビーでも既に春の選抜大会などが中止になった。高校3年生は冬の「花園」の行方に気が気でないだろう。何のために練習するのか、見えなくなる時もあるはず。「『ラグビーを止めるな』が学生のモチベーション維持にもつながれば」と野澤さんは願いを込める。

 公園でのパスを投稿している高校生がいた。試合ができなくともグラウンドでの活動が認められれば、撮影できる映像のパターンはさらに増える。動画撮影は自分のベストを出す一種の試合のようなもの。そう思えれば、不透明な未来より自分を高めるための「今」に集中できる。

 同じ取り組みは今、バスケットボールやハンドボールなどにも広がっている。さらに他競技にも広げようという動きが水面下で進んでいる。75年前と同じように、スポーツの苦境を打ち破る動きがラグビー界から出てきたことになるのだろうか。

 先日、1つの「発見」が話題になった。ツイッターに流れていた1枚のヤスデの写真に、針の先ほどの白い点があった。目を留めたのがコペンハーゲンの生物学者。「新種の菌かもしれない」とひらめき、研究の末に仮説を証明した。新しい菌はツイッターにちなみ、トログロミセス・トゥイッテリと名付けられた。

 SNSの情報の海を漂う、砂粒より小さな点でも、見る人が見れば金の卵。ましてや今は、選手や指導者の思いのこもった動画がたくさん流れている。埋もれてはいけない、あるいはこういう時だからこその「新種」が次々と生まれてほしい。

【筆者プロフィール】谷口 誠( たにぐち・まこと )
日本経済新聞編集局運動部記者。1978年(昭和53年)生まれ。滋賀県出身。膳所高→京大。大学卒業後、日本経済新聞社へ。東京都庁や警察、東日本大震災などの取材を経て現部署。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で社会人修士課程修了。ラグビーワールドカップは2015年大会など2大会を取材。運動部ではラグビー以外に野球、サッカー、バスケットボールなどの現場を知る。高校、大学でラグビーに打ち込む。ポジションはFL。

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