コラム 2020.04.09
【コラム】安楽椅子コーチ

【コラム】安楽椅子コーチ

[ 藤島 大 ]

 元日本代表監督、エディー・ジョーンズが日本国内に伝えたオーストラリア発の攻撃体系「シェイプ」は、複数のランナー候補と選択肢をあらかじめ配置しながらゲインを切り、外へ外へと振り切ろうとした。2011、12年度、国内のサントリーはこれで勝ち切った。だから、まさにサンゴリアスにとっての「自分のチームの戦法」だった。

 しかし、仮に高校生や大学生や草の根クラブが導入すると技術習得の時間との戦いに敗れるだろう。2000年代初頭、往年の日本代表主将で接近プレーの具現者にして勝つラグビーの伝道者、横井章の提唱した「ファーストレシーバーが3通りの選択肢を持ちながら確実にゲインを切る」方法のほうが簡潔で、練習環境や個々の経験および身体能力に限りのある多くのチームには「自分のチームの戦法」となりえた。

 システムやパターンの前後に「自分のチ―ムはどうするのか=おのれの客観視=まんべんなくを捨て去る決断」がなくてはならない。日本式シャローディフェンス創造のそれは「大きくて速くて運動能力に秀でる人間に考える時間と技量を発揮する空間を与えない」だ。スプリングボクスの外から内へ激しく圧力をかける根本思想には「世界一大きな男たちの築く巨壁を横に移動させる労力の省略」がある。

 ニュージーランド発の「ポッド」は、少なくともオールブラックスやスーパーラグビーのレベルにおいては「球技としてのラグビーの上手な人間が世界一ひしめく」王国ならではの着想が背景にあるように映る。

 縦に割ったレーンにあらかじめ小集団を配して効率的にボールをリサイクル、背番号9と10の判断を軸に左右に広く動かし、もちろん真ん中の空間も狙いながら、ともかく長くボールを保持する。そのうちにわずかなギャップや防御不得手な相手選手が見つかる。そこで幼少より培ったボール扱いや身のこなしで裏へ出てしまう。「同じことを繰り返していたら自然に個のラグビー感覚の差が生じる」という発想。たまたま入学した者だけでチームを形成する日本の学校クラブが高い目標を据えるに際しては不向きなシステムではないだろうか。

 ヤマハ発動機ジュビロも「ポッド」を用いて戦ってきた。ただしパターン導入の前提に「スクラム日本一=自分のチームの戦法」の信念がまずあった。FW前5人の押す仕事を除く仕事を限定、ボールを追いかけることをさせず走る負担をそぎ、持ち場の任務に撤するような配置と手順を考え抜いた。脚の力はスクラムにとっておく。ニュージーランド発のシステムを磐田の流儀に発展変化させた。

 揺れる椅子、本当はそんな結構なものはなくて、ただの質素なチェアだが、そこで戦法を考える。妄想含みの想像コーチング。もしオールブラックスのコーチなら。花園の夢を捨てない山陰地方の公立校監督なら。年にいっぺんんの打倒ケンブリッジにだけ燃えるオックスフォード大学の戦法創造を託されたら。ゼロから部をつくる九州の私立高校の指導を始めるなら。そんなふうに、ずっと頭蓋骨の中をくるんくるんさせる。ゲームのなくなった週末、案外、時間は過ぎる。

【筆者プロフィール】藤島 大( ふじしま・だい )
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。スポーツニッポン新聞社を経て、'92年に独立。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。著書に『ラグビーの情景』『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジンや週刊現代に連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。J SPORTSのラグビー中継解説者も務める。近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ) 。

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