コラム 2019.06.27

【コラム】産みの喜び。

[ 中川文如 ]
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【コラム】産みの喜び。
勝利の立役者となった東芝FL山本紘史。(撮影/志賀由佳)



 かつての盟主は、もう、9シーズンも頂上から遠ざかっている。
 だから、どこか位置づけが曖昧な大会であっても、タイトルにこだわる。いや、こだわらなければならない。
 「他チームのモチベーションはわからない。ただ、うちは本気で勝ちにいきます」
 さかのぼること開幕から1カ月前、鉄人・大野均は何のためらいもなく言っていた。ワールドカップ日本大会を控え、代表選手が根こそぎ不在のトップリーグカップ。東芝は、何の照れもなく勝利にこだわる。

 NTTコミュニケーションズとの開幕戦。取って取られての末に31—24で競り勝った。
 その戦いぶり、けれん味がなかった。
 チャンスボールへの寄りが早く、速い。迷いがない。つまり、勝負どころで、臆せず、畳みかけていた。理由はそこに尽きる。
 前半6分。前がかりな相手防御の綻びを突き、WTBジョネ・ナイカブラが抜けた。最初のチャンスだ。オフロード、ピックアンドゴー。湧き出るフォローでボールを運んだ。仕留めたのはFL山本紘史。教科書に載せたくなるような、素早い寄りで先制トライを陥れた。

 主導権を手中に収めた39分のトライ。相手ボールのラインアウトが乱れたところを、すかさず我がものにしたのが起点だった。今度はLO小瀧尚弘が寄って、前へ出て、ノールックパス。東芝の赤いジャージーが描く楕円球の軌道は、ビリヤードのキューで突っつかれた丸い球のように真っすぐだった。
 チャンスの芽を見逃さず、トライラインへと進む。思いきって、真っすぐに。これ、黄金期の東芝に似ている。往時、その手段は組織的なドライビングモールだった。個々が数珠つなぎにつなぐいまとは違う。
 でも、薫りは似通う。

 試合後。抱いた感想を、殊勲の山本紘にぶつけた。「勝つということを体現できる選手。あと何年、現役を続けられるかわからない中で、もう一度、東芝で優勝したいという思いがすごく強い選手」。瀬川智広監督が、こう起用の理由を語った33歳のベテランだ。
 いぶし銀は答えてくれた。
「チャンスが起きた時、連続してトライまでつなげる。ボールを止めず、動かし続ける、継続する。それは昔と一緒ですね」

 今季のキーワードは「革変」なのだという。昨季までの勝負弱さからの脱却。すなわち、強者のメンタリティーの再獲得。足元を見つめ直そうとしている。
 おそらくは誰よりも勝つ味に飢えている大野は、後半17分からピッチに立った。
 例によって、頭からラックに突っ込む地味な繰り返し。でも、見せ場はないようで、あった。
 7点差に迫られ、ラストプレーとなった味方ボールのラインアウト。なお、ピンチ。ボールが遠くに抜けてしまった。NTTコムに確保された。パスを受けた相手に対し、一直線にプレッシャーをかけて判断を狂わせたのが、大野その人だった。

 臆せず、畳みかけるタックル。勝ち続けていた頃の東芝の持ち味でもあった。
「そもそも、ラインアウトをしっかり捕らなきゃいけないんですけどね。見ているファンの方たちには(接戦を)楽しんでいただけたんでしょうが」
 鉄人は苦笑した。自らの好プレーより、その前のチームのミスを反省した。細部にこだわるのもまた、勝ち続けていた頃の東芝だ。

あの憎たらしいほどの強さを取り戻すため、生まれ変わり、原点に立ち返るのだと。それでいて、悲壮感ではなく充実感を漂わせた80分間。
 産みの苦しみではなく、産みの喜び。
 そんな言葉が思い浮かんだ。



【筆者プロフィール】中川文如( なかがわ ふみゆき )
朝日新聞記者。1975年生まれ。スクール☆ウォーズや雪の早明戦に憧れて高校でラグビー部に入ったが、あまりに下手すぎて大学では同好会へ。この7年間でBKすべてのポジションを経験した。朝日新聞入社後は2007年ワールドカップフランス大会の現地取材などを経て、ラグビー担当デスクに。2019年ワールドカップ日本大会は会社に缶詰めとなり、数々の名場面を見届けた。ツイッター(@nakagawafumi)、ウェブサイト(https://www.asahi.com/sports/rugby/worldcup/)で発信中。好きな選手は元アイルランド代表のCTBブライアン・オドリスコル。間合いで相手を外すプレーがたまらなかった。

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