国内 2016.10.05

日本代表新ヘッドコーチと殴り合った男、東芝・中居智昭FWコーチの職人芸。

日本代表新ヘッドコーチと殴り合った男、東芝・中居智昭FWコーチの職人芸。
宗像サニックス戦前に練習を見る東芝の中居智昭FWコーチ(撮影:毛受亮介)
 ラグビー日本代表の新ヘッドコーチ(HC)にジェイミー・ジョセフが就任したことで、1人の職人にフォーカスが当たっている。
 中居智昭。昨季の国内最高峰トップリーグ(TL)で準優勝した、東芝のFWコーチだ。日本代表として歴代最多となる98キャップ(国際間の真剣勝負への出場数)を誇る大野均が、かつて日本でプレーしていたジョセフ新HCと中居FWコーチとのあるエピソードを「確か、2人ともシンビン(10分間の一時退場処分)になったのかな…」と紹介。当の本人も認めた。
 中居FWコーチの記憶によれば、それは、TL開設前の2001年のことだったという。
 熊本工高を経てマツダに入社した中居は、前身の九州社会人リーグの公式戦でサニックスと対戦。相手チームにいたジョセフとは、激しくぶつかり合うFWの第3列同士である。群れと群れが押し合うモールのなかでお互いにヒートアップし、殴り合いに発展したようだ。
「2人ともケンカして、2人で並んで(シンビンを受けた選手の座る)椅子に…。まぁ、僕が最初にいらんことをしたんですけど」
 当時、「まだ10代だった」という中居は、元ニュージーランド代表のジョセフの存在をよく知らなかったそうだ。
「ゲーム中は、すごい人なんだというふうには観ていなかったです。いつも対等に『何だこいつ?』と思って、向こうにも『何だこいつ?』と思われていました。はい」
 苦笑とともに振り返るこのゲームは、大きな出世のきっかけでもあったという。
 
 というのも、ちょうどこの日、当時の日本代表で指揮を執っていた向井昭吾監督が観戦していた。大物にひるまぬ高卒の九州男児は、ジャパンの下部組織にあたる日本A代表に選ばれたのである。
 TLが始まる2003年には東芝へ入社した中居は、ひたむきな職人FLとしてその名を馳せることとなる。チームでのTL優勝、日本代表選出などを経験した。そして35歳のいま、FWコーチを務めている。
「選手を信じて、選手にいい準備をしてもらうのが僕らの仕事です」
 プライベートではコーヒー豆や競技用の自転車に凝る名伯楽は、スパイクを脱ぐ前から兼任コーチとして信頼を集めた。プレーの起点であるスクラムやラインアウト、モールでの身体の使い方を、徹底的に指導する。
 TLで準優勝した前年度は、ルーキーのLO小瀧尚弘の背筋と上腕の強さに目をつける。敵のランナーをつかんで締め上げる、チョークタックルの体得を勧めた。
 このスキルに「小瀧上げ」というあだ名がついて間もなく、LO小瀧は新人賞を獲得。ジャパン入りも果たした若者は、「強みを見つけてもらった」と感謝したものだ。
 中居FWコーチは、こんな哲学を口にする。
「僕がやっていることは、選手が理解して試合で使えるものでなければだめ。いくら『いい準備ができた!』と言っても、試合での結果が悪ければコーチは評価されません」
 9月6日、東京都府中市にある東芝グラウンド。4日後に神奈川・日産スタジアムでおこなわれたキヤノンとのTL第3節(○21−19)に向け、相手のラインアウトからのモールを反則せずに崩す引き出しを総復習していた。
 相手の動きを止めるなら、腰元よりも臀部の下あたりを押さえつけるべし。相手のモールの支柱役が前がかりに圧力をかけてくるなら、後ろの選手に組み込まれる前にその支柱役を「バックドロップするみたい」に引きずり倒せばいい。逆に相手が前がかりにこないのならば…。秘伝のタレのごとく煮つめてきた押し合いへし合いの原理原則を、自軍の選手にだけじっくりと教え込む。
 その要諦をあえて言葉にすると…。
「○○だけの準備をしていたら、○○で負けたり、対応されたりしたらだめだよね。じゃあ、△△や××も準備しよう。押したり、引いたり、いろいろなパターンを練習しよう。…と、いう形ですね」
 ジョセフ新HCは、日本協会側の発表によると「チームジャパン2019の総監督も任せる」。日本代表以外のカテゴリーでも、マネジメントを課されそうだ。そのため日本人指導者の育成にも意欲的だが、9月に来日したてでもある。まだ、この国のコーチのことはさほど詳しくないだろう。
 そんななか中居FWコーチに太鼓判を押すのは、東芝の冨岡鉄平HCだ。
「スクラム、ラインアウト、ブレイクダウン(密集戦)に関する職人気質の部分では、日本人は、負けないですよ」
 日本代表と連関すべきチームには、国際リーグのスーパーラグビーへ参戦するサンウルブズがある。日本代表やサンウルブズから中居FWコーチへの出向要請があった場合、冨岡HCは「ウチの現場が根絶やしになってはいけないですが、ありがたい話は積極的に聞いていく」。慎重に言葉を選びながらも、交渉のテーブルにはつく構えだ。中居自身は「機会があれば」と笑うのみである。ここから先は、選ぶ側のセンスと配慮が問われそうだ。
(文:向 風見也)

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