国内 2015.07.29

【ブルーブルズ来日特集 5】2019W杯に向け「南ア・ラグビー」を日常に

【ブルーブルズ来日特集 5】2019W杯に向け「南ア・ラグビー」を日常に

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南アフリカラグビー親善大使のウーリッヒ・クルツさん。(撮影/松本かおり)



 キックオフまで、あと2日。7月31日の19:05が待ち遠しい。町田(町田市立陸上競技場)で開催される町田ワールドマッチラグビー【2015 Blue Bulls Machida Tour】、キヤノンイーグルス×ブルー・ブルズは、ラグビーファン、地元関係者など、多くの人たちの夢を叶える試合でもある。

 大学や高校のチームはこれまでに何度か来日したことはあるが、南アフリカのトップチームが単独で来日するのは今回が始めて。それだけに駐日南アフリカ大使館の人々も喜んでいる。モハウ・ペコ大使が町田市役所やキヤノンイーグルスを訪れたり、試合に駆けつけるのも母国からのトッププレーヤーを歓迎する気持ちの表れだ。
 同大使館から南アフリカラグビー親善大使に任命されているウーリッヒ・クルツさんも、今回の来日に心躍らせているひとりだ。南アフリカのラグビーと日本ラグビーの関係を深めるために尽力する同氏は、これまでもいろんなアプローチを試みてきた。
「東京セブンズが開催された4年間はセブンズ代表チームが来日し、高校生たちと触れ合う素晴らしい機会がありました。今回も試合以外にたくさんの交流がある。町田市では給食に南アフリカのものが出ているそうです。少しでも身近に感じてもらえたら」
 危険な国。そんなイメージをなかなか払拭できない南アフリカ。しかし、確実に治安がよくなっている事実もある。留学フェアを開催しても南アフリカのブースにはなかなか人が集まらぬ現実を、少しずつでも改善していきたい。

 190センチはありそうな巨体のクルツさんは、今年のサニックス・ワールドユース大会で優勝したポールルースジムナジウム高校、ステレンボッシュ大学でWTBとプレーした。曽祖父ヴィルヘルム・クルツ(ドイツ人)はアフリカ諸国で憲法作成・学校・病院の設立に携わった人で、やがて南アフリカのケープタウンに移住。ウーリッヒさん自身は1959年2月5日に同地で生まれ、1980年代後半に横浜に移住した。国際教育に力を注いできた。
「現在、多くの南アフリカ人プレーヤーがトップリーグでプレーするようになりました。彼らのサラリーは、母国の一般の人たちの収入と比べて相当大きな額。そういうことを踏まえても、これから先、もっと増えていくでしょう」
 深まっていく母国と日本の関係を2019年の日本開催ワールドカップにつなげたい。
「残念ながら、東京セブンズは終わってしまいました。しかし、せっかくこれだけの選手たちが日本にいるのですから、定期的に南アフリカの選手たちを集めて学校を回ったり、ラグビー教室を開いたり、そういった活動を続けていけたらいいと思っているんです。そのために各所属チームに交渉したりする役を私がやっていけたら、と思っているんです」

 クルツさん自身、ブルー・ブルズ戦のキックオフが待ち遠しい。今秋のワールドカップで史上初めて実現するジャパン×スプリングボックスの日には、多くの人に喜んでもらえる(日本での)イベントも企画している。
「新しいスーパーラグビーも始まり、両国の距離はますます近くなる。今回の対戦を始まりに、町田が2019年のワールドカップに向けて盛り上がったらいいですね」
 ラグビー親善大使は、巨体を揺らして笑った。


【キヤノン×ブルーブルズ 実現までの物語/プロジェクト支援について】
https://readyfor.jp/projects/machida_rugby



【チケット情報】
http://www.machida-wmr.jp/


 

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