コラム 2023.03.23

【ラグリパWest】ラグビーから学ぶ。 稲垣愛 [四日市メリノール学院/女子バスケットボール部コーチ]

[ 鎮 勝也 ]
【ラグリパWest】ラグビーから学ぶ。 稲垣愛 [四日市メリノール学院/女子バスケットボール部コーチ]
四日市メリノール学院中の女子バスケットボール部を短期間で高校屈指の強豪に作り上げた稲垣愛コーチ(監督)。稲垣コーチはこの学校に赴任前、高校ラグビーで三重トップの朝明でも国語教員として教べんをとり、ラグビー部の顧問としても活躍した



 四日市メリノール学院は田園風景に溶け込んでいる。桜花ののち、周囲の疎林や稲田は緑が萌える。薄茶色のカトリック系ミッションスクールの佇まいとの対比が美しくなる。

 この三重県の私立中高併設校は2017年、女子校から男女共学になった。同時に中学女子にバスケットボール部が作られた。稲垣愛がコーチとして招へいされる。

 今、稲垣は熱視線を浴びる。創部から6年で中学の2大大会において4回の日本一を達成した。「ぜんちゅう」と呼ばれる夏の全国中学生大会は今年、3連覇を狙い、冬のJr.ウインターカップは2021、2022年と連覇する。その指導のエッセンスにはラグビーも含まれている。

 稲垣のくりっとした目はりすのように優しい。時折、その輝きは強くなる。
「中学と高校では成長の幅が全然違います。昨日できやんかったことが、今日できる」
 中学生の指導に面白みを感じている。
「コーチと呼ばれるのを気に入っています。英語ではCoach。教え、導く人ですよね」
 監督という呼称は好きではない。偉ぶらず、選手の中に入ってゆく。

 斎藤久はその慕われ方を語る。女子ラグビー「三重パールズ」のGMである。
「稲垣先生が赴任した時、メリノールに14人が転校した。公立から私立にやで」
 それまで、稲垣は近隣の中学、朝明(あさけ)で女子バスケの外部指導員をしていた。部員たちは引き続きの指導を願う。稲垣の指導歴は20年ほどになる。

 斎藤と稲垣は重なる縁がある。斎藤が中学と同名の県立高校でラグビー部監督だった時、稲垣はその顧問団のひとりであり、国語科の常勤講師だった。同名中学のバスケ指導と「兼部」。バスケの優先が認められていた。

「ラグビー部では生徒指導や大会出場に必要な書類などの管理をしていました」
 兼部の時期は2007年からの10年弱。2人は高校の同窓でもある。四日市西では斎藤が8期上。そういうつながりもあった。

 斎藤は1992年、保健・体育教員として赴任した朝明にラグビー部を創部した。そこから24年をかけ、県内トップの強豪に仕立て上げた。斎藤の監督時代、冬の全国大会出場は6回。そのやり方を稲垣は間近で見る。

「衝撃を受けました。選手たちがやらされていなかった。シートに自分たちで課題を書き込んで、考えながらやっていました。ラグビーの人数は15人。バスケの3倍。それやのに、規律やモラルが守られていました」

 自主性をはぐくむ大切さを認識する。
「やらす、って手っ取り早いんですよね、たぶん、指導者にとっては」
 自分たちで考えたり、判断することは時間がかかる。その代わり、人として芯が通る。

「これは斎藤先生の受け売りですが、私を辞書と思いなさい、と言っています。わからんことは引け。でもまず、自分でやってみる。それが大切だと思います」

 将来に大きく影響する高校進学ですら、本人に決めさせる。メリノールは中学から高校に上がる必要はない。
「自分の行きたいところに行ったらええやないですか」
 稲垣は笑う。
「考える力を成長させる。それは指導者の一生の仕事だと思っています」

 稲垣は自宅に部員9人を住まわせている。熊本や福岡の出身者がいる。これも選手寮を作った斎藤の行動が底にある。
「私はリビングで寝ています」
 現在の部員数は53人だ。
「紹介はあるけれど、勧誘はしません。私は、私とやりたい子とバスケをしたい」
 昨年5月から、「諸事情」で高校女子のコーチも兼任している。

 その稲垣の活躍を祝福する形で、校内には新しく体育館が2つ増設された。
「稲垣アリーナやで」
 斎藤からは冗談が飛び出す。高校女子や男子の中高を含め、数年前までまったく無名だったこのメリノールは、東海地区の籠球のまさに一大拠点になってきた。

 それらの建造物に目をやっても、稲垣はとりのぼせたりしない。

「長くやっていると心揺さぶられる瞬間がある。ベンチ入りがかなわないのに、続けてやってくれた。できないことができるようになった。私は勝ち負けよりもそこが大事だと思っています。優勝がすべてではありません。そこだけをクローズアップされると、ちょっと違うよなあ、と思ってしまいます」

 今年1月、3連覇がかかったJr.ウインターカップでは、準決勝で大阪薫英女学院に47−54で敗れた。
「ガチガチにならんでええ、3連覇ができるチームはひとつだけ、チャレンジを楽しめ、と言ったんですが…」
 稲垣の言葉を超える重圧があったのだろう。まだ15歳の部員たちには。

「私はいつも、この子たちと1秒でも長くバスケがしたい、と思っています。そのおまけが優勝だと考えています」
 2020年、第1回のJr.ウインターカップ決勝では、延長戦にもつれ込んだ。
「うれしいー。まだできる、とコートを見たら、脚をつっている子がいました。子供たちは大変やったと思います」

 選手たちは1秒でも早く勝ちたい。コーチは勝敗に関係なく、1秒でも長くやってほしい。その晴れ姿を見続けていたい。そこには名前の通り、「愛」があふれている。

 日本のラグビーを代表監督として最初に世界に知らしめた大西鐵之祐の言葉が残る。
「コーチの資質とは、そこにいる人間を愛する能力だ」
 大西は55年前、オールブラックスジュニアを23−19で破った。ニュージーランド代表の下に位置するチームだった。

 教え子をいつくしむ稲垣は、戦績を参考せずとも、すでに名将である。


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