国内 2020.11.14

明大・児玉樹、頭と身体を「整」えて巻き返し誓う。

[ 向 風見也 ]
明大・児玉樹、頭と身体を「整」えて巻き返し誓う。
大学ラグビー界屈指の大型センター、明治大学の児玉樹(撮影:向 風見也)


 その一部始終を見学した社会人チームの採用担当者は、「いい景色が見られた」と感嘆した。明大ラグビー部は11月11日、本拠地の八幡山グラウンドで緊迫感ある実戦形式練習を実施。合間、合間に走り込みを挟む。田中澄憲監督は言う。

「いまはより実践的なシチュエーションを作ってやっています。(以前は)ストラクチャーの日、アンストラクチャーの日…と分けてやっていたんですが、(最近は)ひとつのセッションにストラクチャーもアンストラクチャーも混ぜながら、ゲームに近いシチュエーションで意思統一ができるように」

 さかのぼって1日には、東京・秩父宮ラグビー場で慶大に12-13と敗戦。加盟する関東大学対抗戦Aでの今季初黒星を喫した。

 9月の合同練習では相手の鋭い圧をかいくぐって快勝も、再戦時は慶大がその圧のかけ方に微修正を施していた。慶大の防御ラインがより横幅を広げて前に出るなか、明大は大きくボールを動かそうとしてエラーを重ねた。陣地の取り合いでも後手を踏んだ。

「(慶大戦前まで実戦形式の練習を)そこまでやり込んでもいなかった。慶大戦ではもちろん相手のタックル、ブレイクダウン(の激しさ)はありましたが、もっといい戦い方ができたんじゃないかと、選手も感じています。そんないまだからこそ、考える要素の必要なトレーニングを…と」

 敗戦を糧にしていたのだ。3年生の児玉樹は「(慶大の防御が)広くスペーシングして(接点から見て内側から外側へ)流してくることは想定していなくて」。アウトサイドCTBとして先発の児玉は、当時の課題をすでに相対化していた。

「慶大のゲームプランに付き合ってしまったのが反省。部分、部分を切り取ると自分で勝負できたところもありますが、戦術的なところで組み立てられなかった。ハーフタイム中のトークで、詳しい改善策が出せなかった。練習していたのでプレーの選択肢はあったはずですが、(そのなかで何を選ぶべきか)ぱっと出せなかったのが反省です」

 具体的には、大外でプレッシャーを受けているのならもっと接点に近い位置を攻め込めばよかったのではないか…。とにかく、課題が明確になったのがよかったという。

「そうした指示を自分からできていれば、結果が変わっていた」

 次の日体大戦は、対戦校の申し出で中止となった。

 成長の度合いがわかるゲームの機会を失ったことは、かねて試合数の少ない今年度にあって痛手となりかねない。もっとも当事者は下を向かず、日体大戦の実施予定だった11月7日にも八幡山でタフに走る。

 帝京大との次節は22日、秩父宮でおこなわれる。部内競争の只中にあって、児玉はこう言葉を選ぶ。

「(練習ではさまざまなメンバーが)混ざって、それでも変わらずコミュニケーションを取っていく。それが緊急事態での対応力になる。メンバーが誰になってもやることは変えず、内、外(の選手)との伝達、スペースの共有を自分からやっていく」

 身長192センチ、体重102キロ。国内有数のサイズを1対1で活かす。相手をひきずりながら長い腕でオフロードパスをさばく。主将を張った秋田工高時代は高校日本代表に、大学1年時は20歳以下日本代表に名を連ねた。

 3年目の今季は、社会情勢の変化に苦しむ。グラウンド付近の寮の一時解散に伴い4月から実家へ戻ったが、「先が見えない状況に苦労した」。雌伏期間のモチベーション低下は、部内の序列に表れる。全体練習が再開された7月中旬、児玉は3軍以下にあたる「ルビコン」組に配属された。

「悔しい気持ちが強く、それが自分自身の焦りになった部分もありました。去年、(1軍の試合に)出させていただいたので、下のチームでやっている場合じゃないという思いがありました」

 田中監督が選手を選ぶ際は、練習時の安定的なパフォーマンスを見る。過去の実績や単発的な好プレーにはごまかされない。シビアな物差しで約90名の部員を見比べた際、児玉を主力組に上げるには時間をかけざるを得なかったのだ。

「実家から戻って来た時、身体のコンディションも、スキルもよくはなかった。(状態が)戻ってきたのは夏合宿(8月下旬)くらいからじゃないでしょうか」

 児玉が復調のためにおこなったのは、原点回帰だった。

「試合がない状態が続いて、モチベーションを保つのが難しくて、練習でもうまく行かないことが多くなって、焦って、空回りすることが…。ただ、自分の強みは何かという原点に返った。ボールキャリーが強みなのだから、それを軸にやっていこうと考えを整えました」

 まずは、細かいステップを踏む個人練習を導入。慣れてきたら、対人のトレーニングでランニングスキルを磨き直す。

 おりしもチームには、年代別代表に携わる里大輔氏が客員指導者として参加。加速力と瞬発力を高める独自のメソッドを唱えていた。

 里氏の指導でスピードアップも実感していた児玉は、長所を究めるという生存戦略で存在感を取り戻してゆく。対抗戦の始まる10月までに、主力組へ復帰できたのだった。

「いいプレーができない時にいろんなことに挑戦しても、全部うまく行かず、結局、自分の持ち味が消えてしまう。その経験が過去にもあった。それを繰り返してはいけないと思っていました。自分の強みは縦(への突破)。そこからベースを作っていって、調子を取り戻す考えでした」

 対抗戦の序盤は好調を維持。初めて土をつけた慶大戦では反省点が口を突いたが、「今年は、身体の調子もいい。プレーの幅も増えている」。残された試合で力を発揮するには、「コンディショニングが鍵」だと考える。

 指揮官が「でかいうえに走力を求められるのだから、身体の負担は絶対にある。そこのリカバリー、練習への準備をどうするのか(の考え)は必要になる」とするなか、自身も「練習前のストレッチ、練習後のリカバリーのメニューをトレーナーさんから教えてもらい、自分で考え、整えている感じです」。部屋にいる時は、筋肉に振動を当てる器機で身体をほぐす。時には都内の医療施設へ出向き、酸素カプセルを利用する。

「けがの予防をしっかりしています。疲労は残ったとしてもマックスに近い状態で試合に出続けられるように体調管理をしていく」

 巻き返しを図って2年ぶりの大学日本一を目指すクラブにあって、頭と身体を「整」えている。

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