【大野均からのメッセージ/その4(完)】 楽しむということ。
もう、あちこちで語り尽くされてはいる。
それでも、一応、聞いてみた。
あの南アフリカ戦、一番印象的な場面はどこですか?
大野均は即答した。
「後半、南アフリカがショット(PG)を選択した場面ですね。ジャパンとしては、モールで来られるのが一番嫌だった。前半に2度、モールからトライを奪われているんだけど、後半もモールで来られたら止められないなっていう心配が実はあって」
それは、後半13分に大野がピッチを退いてから3分後のことだった。19-19の同点。ジャパンが自陣10メートル付近の左中間で反則を犯すと、南アフリカの主将、CTBジャン・デビリアスは一拍置いてショットを指示した。
キッカーはSOパット・ランビー。ボールを渡されると条件反射的にタッチキックを蹴ろうとした。そこをデビリアスが制したのだった。
ゴール前のラインアウトからモールでトライ。ランビーの筋書きだったに違いない。大野が振り返った通り、前半はその形ですんなり2トライを陥れている。
「あれ? 取り急いでいるのかなって。僅差でもいいから勝ち逃げしようというふうに、相手のメンタルが変わったのがわかった」
25分にはゴール前に迫られ、相手ボールのラインアウト。ジャパンにすれば大ピンチだ。ところが南アフリカは腰を据えてモールを組むのではなく、タッチライン際にサインプレーを仕掛けてきた。ジャンパーを起点にパスを回し、一発の単独突破でトライを狙う。ジャパンは研ぎ澄まされていた。LOトンプソン ルークが素早く反応。浴びせかかるようなタックルで外に押し出した。
「ジャパンなんてフィジカルが圧倒できるだろうと、南アフリカは高をくくっていたと思う。対策も練られてはいなかった。逆に僕らは綿密に研究を重ねて、取られても取り返して、食らいついていった」
準備不足で逃げの南アフリカ、用意周到で攻めのジャパン。攻守の粘りは最後、切り札カーン・ヘスケスのトライに結実した。この場面、いまさら触れるまでもないだろう。
2015年9月19日、イングランドのブライトン。ワールドカップ(W杯)イングランド大会、日本の初戦。南アフリカから34-32の逆転勝利をもぎ取った。
「スポーツ史上最大の番狂わせ」と呼ばれる一戦。試合後、大野は「ブライトンの奇跡」ではなく「ブライトンの歓喜」と表現した。
改めて聞いた。奇跡、偶然の勝利なんかじゃなかったんですよね?
「そうですね、必然。偶然に勝てるような相手ではないですからね」
ハハハ、と大野は照れるように笑った。