コラム 2019.03.20

【コラム】 狼たちの味わい深いパス

[ 中川文如 ]
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【コラム】 狼たちの味わい深いパス
ホセア・サウマキからジェイソン・エメリー、そしてダン・プライアーへ(Photo: Getty Images)

 制約があれば、人はそれを乗り越えようとする。
 ラグビーボールは、前にパスできない。その制約を乗り越えてチームを前進させるパスは味わい深い。

 サンウルブズがレッズから奪った前半の3トライは、そんな味わい深いパスによって紡がれた。

 先制の12分。頼れるスキッパー、CTBマイケル・リトルが中盤左でアタックラインの後ろからわき出てきた。味方を盾にボールを持つ。防御網の小さな隙間に走り込む。
 外に視線を向け、鋭く腕を振った。しかし、ボールは手放さなかった。つまり、パスダミー。
 パスされると予測したから、外側の相手はボールの受け手へと間合いを詰めた。パスされると予測したから、内側の相手は注意が緩んだ。リトルは抜けた。SHジェイミ-・ブースのトライを導いた。

 パスが味方を生かすために投げるのなら、パスダミーは自らを生かすための「パス」。裏返せば、自ら前進できなければ投げる振りをする意味はない。網をすり抜けたリトルはお手本だった。

 23分、WTBゲラード・ファンデンヒーファーはパス1本で相手2人を無にした。
 22メートルラインの手前、中央で攻め手を託された。外側の味方2人は「半ずれ」の状態。あまっているようで、あまっていない。素直につないでも、おそらく相手に追いつかれてしまう。
 止まるようにスピードを落としたファンデンヒーファー、瞬間、斜めに加速した。だらだら流れるのではなく、緩急があるから、相手2人は慌ててまとめて背番号14のフィニッシャーに釣られた。そしてフィニッシャーは、強引にフィニッシュを仕掛けない。真っ正面からタックルを受ける寸前、タッチライン際で待っていたNO8ラーボニ・ウォーレンボスアヤコにラストパスを送った。
 これぞチャンスメイクという一連の動きが、そのパスの価値を際立たせた。

 37分のつなぎはダンスのようだった。
 金髪の元気者、WTBホセア・サウマキが左隅をこじ開けた。短く浮かせたパスが、内側から駆け寄ったFBジェイソン・エメリーに渡った。この時、彼の体は完全に外側を向いている。
 しかし、視野は広く、気は利いていた。ノールックで背後、サウマキに続いてエメリーも短く浮かせた。優しいパスがFLダン・プライアーの懐に。トライ。
 楕円球の軌道だけを追うと、それはタップダンサーの小刻みで軽快なステップだった。

 後半のサンウルブズは、別のチームになってしまった。セットプレーとモールに的を絞ったレッズの土俵に引きずり込まれ、逆転負けを喫した。
 でも、いいじゃないか。狼たちの、実に滋味に富んだパスの連鎖を堪能できたのだから。そんなラグビーの楽しみ方もあるのだと思う。

【筆者プロフィール】中川文如( なかがわ ふみゆき )
朝日新聞記者。1975年生まれ。スクール☆ウォーズや雪の早明戦に憧れて高校でラグビー部に入ったが、あまりに下手すぎて大学では同好会へ。この7年間でBKすべてのポジションを経験した。朝日新聞入社後は2007年ワールドカップフランス大会の現地取材などを経て、ラグビー担当デスクに。2019年ワールドカップ日本大会は会社に缶詰めとなり、数々の名場面を見届けた。ツイッター(@nakagawafumi)、ウェブサイト(https://www.asahi.com/sports/rugby/worldcup/)で発信中。好きな選手は元アイルランド代表のCTBブライアン・オドリスコル。間合いで相手を外すプレーがたまらなかった。

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