【コラム】 狼たちの味わい深いパス
制約があれば、人はそれを乗り越えようとする。
ラグビーボールは、前にパスできない。その制約を乗り越えてチームを前進させるパスは味わい深い。
サンウルブズがレッズから奪った前半の3トライは、そんな味わい深いパスによって紡がれた。
先制の12分。頼れるスキッパー、CTBマイケル・リトルが中盤左でアタックラインの後ろからわき出てきた。味方を盾にボールを持つ。防御網の小さな隙間に走り込む。
外に視線を向け、鋭く腕を振った。しかし、ボールは手放さなかった。つまり、パスダミー。
パスされると予測したから、外側の相手はボールの受け手へと間合いを詰めた。パスされると予測したから、内側の相手は注意が緩んだ。リトルは抜けた。SHジェイミ-・ブースのトライを導いた。
パスが味方を生かすために投げるのなら、パスダミーは自らを生かすための「パス」。裏返せば、自ら前進できなければ投げる振りをする意味はない。網をすり抜けたリトルはお手本だった。
23分、WTBゲラード・ファンデンヒーファーはパス1本で相手2人を無にした。
22メートルラインの手前、中央で攻め手を託された。外側の味方2人は「半ずれ」の状態。あまっているようで、あまっていない。素直につないでも、おそらく相手に追いつかれてしまう。
止まるようにスピードを落としたファンデンヒーファー、瞬間、斜めに加速した。だらだら流れるのではなく、緩急があるから、相手2人は慌ててまとめて背番号14のフィニッシャーに釣られた。そしてフィニッシャーは、強引にフィニッシュを仕掛けない。真っ正面からタックルを受ける寸前、タッチライン際で待っていたNO8ラーボニ・ウォーレンボスアヤコにラストパスを送った。
これぞチャンスメイクという一連の動きが、そのパスの価値を際立たせた。
37分のつなぎはダンスのようだった。
金髪の元気者、WTBホセア・サウマキが左隅をこじ開けた。短く浮かせたパスが、内側から駆け寄ったFBジェイソン・エメリーに渡った。この時、彼の体は完全に外側を向いている。
しかし、視野は広く、気は利いていた。ノールックで背後、サウマキに続いてエメリーも短く浮かせた。優しいパスがFLダン・プライアーの懐に。トライ。
楕円球の軌道だけを追うと、それはタップダンサーの小刻みで軽快なステップだった。
後半のサンウルブズは、別のチームになってしまった。セットプレーとモールに的を絞ったレッズの土俵に引きずり込まれ、逆転負けを喫した。
でも、いいじゃないか。狼たちの、実に滋味に富んだパスの連鎖を堪能できたのだから。そんなラグビーの楽しみ方もあるのだと思う。