“このチームに恩がある”──大越元気、9年目の矜持。

東京サントリーサンゴリアスで、9年目のシーズンを迎える大越元気。身長162センチと決して大きくはないが、誰よりも大きな“チームへの愛”が宿っていた。
学生時代は常に試合に出続けてきた。だが、サンゴリアスに飛び込んだ途端に、試合に出られない日々が続いた。
苦悩、葛藤、変化、そして覚悟。
「自分を成長させてくれたこのチームに、恩を返したい」
果たして“恩返し”とは何なのか──彼の姿から見えてくるものとは。
「このチームが好きだ」──憧れを現実にした日々の始まり
東京・世田谷出身。幼い頃から楕円球を追いかけて育った大越にとって、“サントリー”は憧れのチームだった。
茗溪学園でキャプテンを務め、同志社大学でも1年生からメンバーに名を連ね、順調なキャリアを歩んできた彼は、大学卒業後、そのサントリーの門を叩く。
流大をはじめ日本代表の名スクラムハーフを多数輩出してきた、言わずと知れた名門チームだ。そんなチームへの挑戦を選んだ大越には、負けん気の強さがある。
「いける。絶対食らいついてやる」
そんな気概とともに、彼は社会人の世界に飛び込んだ。
ただし、その日々は想像以上に厳しかった。
高校・大学時代は出場するのが“当たり前”だった。どのカテゴリーでも常に主力だった彼が、初めて「試合に出られない現実」と向き合うことになる。彼はここで、一人のラグビー選手としてだけでなく、「人としての強さ」を手に入れていくことになる。
“自分だけよければいい”からの脱却──信頼されるSHになるまで
社会人1年目、初めての壁が目の前に立ちはだかった。
「なぜ出られないのか」
それまでのラグビー人生では、試合に出ることが“当たり前”だった。努力すれば報われる、結果を出せば試合に出られる──そう信じてきた。
だが、サンゴリアスでの序盤の数年間は、まさに“試合に出られない時間”との闘いだった。
「正直、最初は本当にしんどかったです。練習して、努力して、準備もしているのに、試合には出られない。悔しくて、でもどうしていいかわからない」
そんな時、救ってくれたのは、先輩たちの言葉だった。
「人のせいにするな」
「信頼される人間になれ」
サンゴリアスの9番を背負うということは、“誰よりも信頼される存在”であることを意味する。
ただプレーで示すだけでは通用しない。グラウンドの中だけでなく、オフフィールドでの振る舞いや人との接し方までもが問われるのだ。
「最初は正直、“自分さえ良ければ”っていう気持ちがどこかにあったと思います。練習してればいいだろう、って。でもサンゴリアスではそれじゃだめだった。人間性も含めて、信頼されないとグラウンドには立てない。それを先輩たちに教えてもらいました」
転機となったのは、3年目のシーズンだった。試合にはまだ継続して出られていたわけではないが、クラブカルチャーを担う役職を得たことで自分の目線が変わった。
「俯瞰して、チーム全体を見ることができるようになった。それまでは“自分が出たい”ばかりだったけど、“このチームが勝つために、自分に何ができるか”を考えるようになりました」
その年、彼はファーストキャップを手にした。
チームのためにできることはある。その気づきが、大越元気という選手を変えていく。
恩返しのかたち──準備するという覚悟
「試合に出る、出ないに関わらず、メンバーと同じ目線で準備をする」。それが大越元気の“基準”である。
「どの週でも、“今週の試合に自分が出る”というマインドで準備しています。メンバー外でも関係ないです」
試合に出る者だけがチームをつくるわけではない。出場の有無に関係なく、自分の責任を果たすこと。それが彼にとっての“準備”である。
週の初めにはスカウティング資料を読み込み、相手の傾向や戦術の狙いを整理する。気になる部分はコーチ陣と徹底的に議論をし、自分の中で腹落ちするまで理解を深める。
「スタンドにいたとしても、グラウンドにいるメンバーと同じ気持ちになれる。準備をしていれば、同じ景色が見えるんです。それがあるから、自分が試合に出たときもスッと入っていけるんですよね」
たまたま80分その場にいないだけ。それが準備を怠る理由にはならない。
「自分がいつ試合に出ても大丈夫」と胸を張れるだけの準備を、黙々と積み重ねている。
その根底にあるのは、ある種の覚悟だった。
「このチームに人として本当に成長させてもらった。だからこそ、恩を返したいんです」
“恩返し”という言葉を、大越は何度も繰り返す。それはサンゴリアスというチームに対してだけでなく、職場の仲間たちに対しても同じだ。
大越は社員選手として、サントリーの営業部門に所属している。
「営業でも数字は求められますし、もう年次的に甘えられない立場です。職場の方々にも本当に育てていただいたので、自分がプレーする姿を見てもらって、少しでも恩を返したい気持ちがあります」
出場機会に左右されず、自分の責任を果たし続ける。だからこそ、“どうあり続けるか”が問われる。
「もちろん、試合に出たい気持ちはずっと持っています。そこはブラさないし、ブレてはいけない部分。その上で、“チームの勝利に対して自分がどう貢献できるか”という視点で考えられるようになった。それが、自分の変化でした」
準備は、大越にとって“恩返しの手段”であると同時に、自分の存在価値をつくる手段でもある。

強い組織とは何か──大越元気の組織論
サンゴリアスでの9年間を通じて、大越元気はプレーだけでなく、組織の内側を見つめてきた。
カルチャーグループの活動を通じて、選手とスタッフの関係性や、チームの雰囲気にも意識を向けてきた。そんな彼が「強い組織とは何か」と問われたとき、返ってきた言葉はシンプルで、説得力があった。
「“勝ち”に対して、しっかり向き合えているかどうかだと思います。全員が、“勝つために今自分がやるべきこと”にフォーカスできている組織は強いですよね」
プロ化が進むラグビー界。チームには様々な背景、目的を持つ選手が集う。意見がぶつかることもある。だからこそ、対話できる関係性が必要だ。
大越が見てきたサンゴリアスには、それがある。
「“このチームにいてよかったな”って思えるかどうか、っていうのも、ひとつ大事な指標だと思います。そう思えるってことは、自分の存在がチームの中で認められていて、ちゃんと役割を果たせているということなので」
大越にとって、組織の強さとは単なる勝率や数字の話ではない。それは「自分の役割に自信を持てる人が多いかどうか」だ。
「自分の役割を理解して、それを果たしている人が多いチームは、やっぱり強いです。全員が“当事者”としてチームに関われているかどうか、ですね」
強い組織には、強い関係性がある。意見を言える空気がある。役割を認め合える土壌がある。
そして何より、「ここにいたい」と思える環境がある。
長くチームに関わってきた大越元気は、それを、自分の目で見て、肌で感じてきた。
「諦めない」理由が、ここにある
自分を育ててくれた場所で、自分にできることをし続ける。プレーで見せる。文化を伝える。
そのすべてが、“恩返し”の一部だと、大越は語る。
「もちろん、試合に出たいです。でも、そこだけじゃない。自分がこのチームにいる意味を、プレー以外でも示せるようになってきたのかなと思います」
このチームが強くあり続けるために、自分ができることをやる。
恩返しを原動力に、揺るがない「準備」と「誇り」が、大越元気の軸になっている。チームを深く愛し、深く理解しているからこそである。
サンゴリアスの9番の矜持を胸に秘めた大越元気。今シーズンの躍動を期待したい。