国内 2024.09.28

部員一人でも参加OK。「楽しい」を追求した高校リーグ。2019年創設「スーパー・エンジョイ・リーグ」

[ 多羅正崇 ]
部員一人でも参加OK。「楽しい」を追求した高校リーグ。2019年創設「スーパー・エンジョイ・リーグ」
スーパーエンジョイリーグ恒例の集合記念撮影。参加5校(東京学館浦安、板橋有徳、豊多摩、東海大高輪台、千葉北)の選手たち(撮影:多羅正崇)
8月24日のSELでは、参加5校が各チーム20分×3本、2本の1年生試合が行われた(撮影:多羅正崇)

「今日は『スーパー・エンジョイ・リーグ』ですから、気楽ですよ。全部、選手に任せてます」

 試合を見守っていた指導者の一人は、くだけた笑顔でそう話した。

 選手がプレーを楽しんでいる様子が、手に取るように伝わってくる。見守る指導者の目も、穏やかに試合を追いかけている。

 どこの会場にもありそうで、どこにでもあるわけではない、ストレスフリーの幸福感がそこには広がっていた。

 スーパー・エンジョイ・リーグ(SEL)。

 板橋有徳高校ラグビー部(東京)で顧問を務める本村雄(もとむら・ゆう)先生が、都立東高時代に提唱し、合同練習をしていたチームの顧問・コーチと相談しながら、2019年春にスタートした有志リーグだ。

 高校チームであれば単独・合同問わず参加可能。部員一人のチームでも参加できる。また、自分の好きなポジションでプレーできるなど、強化とあわせて「楽しむ」ことを大きな目的としている。

 創設時に意識していたのは、関東高校強豪の強化と相互交流を目的に2002年に創設された「関東スーパーリーグ」や、続く東日本強豪で2015年に創設された「ブレイブハートリーグ」だった。

 SELも当初は強化中心のコンセプトも検討していたが、「誰でも」「楽しく」に変化していった。

「当初は『弱いチームが強くなってもいいのでは』という思いもありましたが、『SELに来れば、どんなチームでも試合が楽しめるコミュニティを創ろう』と変わっていきました」(板橋有徳、本村先生)

 いまSELでは、どんなチームもエンジョイできる工夫を凝らしている。

 試合時間は1本15~20分。前後半をなくし、参加チームの試合数を増やした。

 8月24日に千葉・東京学館浦安で開催されたSELでは、参加5校(東京学館浦安、板橋有徳、豊多摩、東海大高輪台、千葉北)による各チーム20分×3本、そして2本の1年生試合が行われた。

 東京学館浦安高校(千葉)で顧問を務める山田伸太郎先生は、複数チームとの20分試合は経験値になると話した。

「接点のなかったいろんなタイプのチームとたくさん試合ができるので、良い経験になりますよね。生徒たちも楽しんでいて、SELがあると聞くと『イェーイ!』と喜んでますよ(笑)」

 60分フルの試合でしか強化できない領域があることは、承知の上。しかしそれでは参加校の待ち時間が長くなり、過酷さも増してくる。

 初心者が多い少人数校と強豪校では生徒のモチベーションも違う。強化一辺倒で進むと「せっかくラグビーを始めてくれた子がラグビーを嫌いになったり、離れていってしまうかもしれないと思っています」(本村先生)。多様なチームとの短い試合で、生徒の“楽しい”を担保している。

 生徒たちが喜ぶ理由のひとつに、SELが指導者に自制を求めている点も挙げられるだろう。

 SELでは、指導者の怒気をはらんだ指示がほとんど見られない。

「SELでは、指導者がガミガミと指示を出すのではなく、生徒たちが主体的に考える環境を作ることを目指しています。以前は怒る監督もいらっしゃいましたが、そのときは『今日は怒ってはダメな日ですよ~』という感じで声を掛けていました」(本村先生)

 趣旨に賛同する約90名の先生たちによる参加するLINEグループにおいても、「選手が主体的に考える試合を」といったコンセプトを確認できるようになっている。

板橋有徳高の本村雄先生(撮影:多羅正崇)

「僕もついガミガミ言ってしまうタイプなんですけどね」と冗談めかして明かしたのは、創設者である当の本村先生だ。

 本村先生も以前は強権的な指導者だった。

 変化のきっかけは、生徒たちの反抗だった。

「以前、3年生が僕に反発して、13人中7人が様々な理由や言い訳を作って合宿に来なかったことがありました」(本村先生)

 優越的な立場にある指導者に対し、選手が集団で反抗する――。合宿不参加の生徒たちに相当な不満、覚悟があったことは想像にかたくない。

「当時の僕は彼らに『強くなりたいよな?』と押しつけていました。そのとき、結局は自分が強くしたかっただけなんだなと思ったんです。そこから『チームを強くする監督になりたい』という思いは捨てて、生徒たちの思いが一番大切、という考えに変わっていくことができました」

「あの時の経験がなければ、SELも今の自分の考え方もなかったかもしれません。彼らには申し訳ないという思いと、気づかせてくれたことに、今では感謝しています」(本村先生)

 50歳の本村先生は暴力・暴言が黙認されがちだった時代にラグビーを経験しているが、本村先生いわく「問題が起きた時に良くも悪くも『自分が悪かったのかな』と考えてしまうタイプ」。自分に向けたベクトルから、時代に適応する思考の変化が始まった。

 SELには、試合後にもエンジョイの要素がある。

 開始当初からラグビーの文化であるアフター・マッチ・ファンクションを行っているのだ。

 8月24日の開催日においても各試合後、ピッチ脇にレフェリー主導で両軍が集まり、両キャプテンが讃え合い、同じ背番号同士のプレイヤー達が握手を交わした。

「試合後に殺伐としていても、感謝の言葉を述べていると消えますよね。試合後は仲間になるんだと感じてもらえたら」(本村先生)

 東京学館浦安の島尻優キャプテンは野球部出身。SELで触れてきたラグビー特有の文化は目新しく、心地よかった。

「アフター・マッチ・ファンクションで、相手チームから良かったところ、改善点が聞けるので嬉しいです」(東京学館浦安、島尻キャプテン)

 また全員集合の記念写真も恒例のひとつだ。

 8月24日の撮影時、カメラを構える本村先生が各チームのメンバー全員に声をかけた。

「みんな混じってな!」

 戦った者同士が肩を組み、笑顔で一枚の写真におさまった。

「ラグビーを通じて、これからもいろんな『楽しい』といえる場面をつくっていきたいと思っています」(本村先生)

 ラグビーが楽しい――。その当たり前のようで当たり前ではない感覚を、情熱と工夫で、これからも守り続けたい。

参加5校揃って写真撮影(撮影:多羅正崇)
SEL恒例のアフターマッチファンクション(撮影:多羅正崇)

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