海外 2026.01.09

ラシン92が本拠地を売却。複合施設とラグビーの共存の難しさが浮き彫りに。

[ 福本美由紀 ]
ラシン92が本拠地を売却。複合施設とラグビーの共存の難しさが浮き彫りに。
総工費560億円以上をかけて建設され、2017年にオープンしたパリ・ラ・デファンス・アリーナ。今後はライブ・エンターテインメント界の世界的リーダーであるライブ・ネイション社に売却される予定だ(Photo/Getty Images)

 2026年1月6日、ラシン92が本拠地としている「パリ・ラ・デファンス・アリーナ」が売却されることが発表され、フランスのスポーツおよびエンターテイメント業界に衝撃を与えている。

 売却先は、コールドプレイ、ビヨンセ、レディー・ガガといったスターのショーをプロデュースする、ライブ・エンターテインメント界の世界的なリーダーであるアメリカのライブ・ネイション(Live Nation)で、今後、この取引は競争当局(フランスの公正取引委員会に相当)による承認を待つ。

『レキップ紙』によると、背中の重い手術を受け、心身ともに疲弊していたラシン92のオーナー兼会長のジャッキー・ロレンゼッティ氏は、病院のベッドの上でパリ・ラ・デファンス・アリーナの売却契約書に署名したという。

「感情がこみ上げてくるというよりは、涙がこぼれ落ちるという感じだ」とロレンゼッティ氏は打ち明ける。「最後の瞬間まで躊躇していた。ここは私の人生の集大成とも言える場所であり、私が死んだ後も残り続ける場所だ。だからこそ感慨深いものがある」

 この取引は発表当日まで極秘とされていた。ラシン92のアルノー・トゥルトゥルー執行役員会会長が「ジャッキー(ロレンゼッティ氏)と共に、ラシンの全スタッフと年間シート購入者へメールを送り、すべてのパートナー企業に電話を入れました。そして発表された日の午前中には、練習中の選手とスタッフの元を訪れ、彼らを安心させるために説明を行いました」と『ル・パリジャン紙』に打ち明けている。

 総工費3億5,000万ユーロ(約560億円)以上。そのすべてを「私費」で投じたアリーナは、ロレンゼッティ氏の「作品」でもある。2012年4月には、建設に反対する住民団体に対し、ロレンゼッティ氏自らがメガホンを握り、選手、スタッフら500人と共に抗議デモを行うなど、困難な道のりを経て実現させた。

 2017年10月のこけら落としの夜、ローリング・ストーンズの最初の音符が響き渡ったとき、ロレンゼッティ氏は目頭を熱くしたという。

「目を輝かせながら会場を後にする人々を眺めるのが大好きだった。私はこの場所を、レゲエやラップを聴きに来たり、スポーツを観戦したりできるような、大衆に愛される場所にしたいと願っていた」

 パリオリンピックではそこに設置された仮設プールで競泳のレオン・マルシャンが4冠に輝いた。このアリーナは、ボクシング、モトクロス、バスケットボール、テニスなど、多種多様なスポーツを迎え入れてきた。

 不動産業で成功し、ボルドーの格付けシャトーを複数所有するワイン界の有力者でもあるロレンゼッティ氏は、2006年にラシン92の会長兼オーナーになった。その時から、毎試合満員御礼とはいかないクラブの経済基盤を盤石にするために、エンターテインメント・ホールを建設しなければならないと決断を下していた。

「この『赤ん坊(愛情を込めてクラブをこう呼ぶ)』を初めて紹介されたとき、名前、チームカラー、そしてクラブの歴史とポジティブな要素はたくさんありました」と彼は当時を振り返る。「しかし、決算書に目を向けたとき、『これは無理だ』と思いました。ラグビーのビジネスモデルにおいて、確実なチケット収入なしでは立ち行かない。だが、当時のラシンの収益状況は壊滅的だった」

 彼のオフィスには、額装された一枚の小切手が飾られている。それは彼が買収する前におこなわれたラシンの試合の最後のチケット売上額で「14ユーロ」と記載されている。

 パリ近郊、地下鉄でアクセスも良いラ・デファンス地区に、欧州最大の可変式アリーナを建設した。そこには1,400㎡の世界最大の巨大スクリーンも設置された(ラグビーの試合時は、コーチや選手から「映像が気になりすぎる」と苦情が出たため、800㎡に縮小して使用)。

 ラ・デファンスには、ソシエテ・ジェネラル(銀行)やトタルエナジーズ(エネルギー)、EDF(フランス電力)といった、フランスを代表する超大手企業や外資系金融機関のヘッドクォーターがひしめいており、この地区のエリート層やファミリー層を惹きつけることを目指していた。

 しかし、ラグビーの観客動員数は1試合で1万人前後にとどまり、収支を均衡させるために必要な22,000人というラインに達することは稀だった。 さらに、わずか3週間前に確定される試合日程(土曜か日曜か)は、18ヶ月も前から決まっているコンサートの日程とうまく調整することができなかった。

「期待したようにはラグビー人気は根付きませんでした」とロレンゼッティ氏も認める。

 実際、アリーナが満員になったのは数少ない。2017年11月の「ラグビーとしてのこけら落とし」ではスタジアムは満員となったが、主役のフランス代表は日本代表と引き分け(23-23)、音響重視のホールに観客の激しいブーイングが響き渡るという苦い記憶となった。

 その1ヶ月後の12月22日、今度はラシン92がトゥールーズを3万人の観衆の前で破り(23-19)、「クラブとしてのこけら落とし」を華やかに祝った。この夜こそが、アリーナにおけるラグビーの頂点だったと言える。

 しかし、この輝かしい出発から月日が流れるにつれ、アリーナ運営の優先順位は冷徹な経済合理性へと傾いていく。世界的なスターによるツアーが次々と舞い込みスケジュールが埋まる。運営側はラグビーの試合日程の確定を待っていられなくなった。収益性の高いイベントが優先される頻度が増え、ラグビーチームは、リール(パリから約200km、電車で約1時間半)、ル・アーヴル(200km、2時間)、オセール(170km、1時間半)、そして最近はアリーナからパリを横断した地点にあるクレテイユへと、ホーム試合の会場を移すことを余儀なくされていた。

 2027年、ラシン92は、アリーナに移転するまでの100年以上の歴史を刻んできた、コロンブのスタッド・イヴ・デュ・マノワールへ戻る。パリオリンピックのグラスホッケーの会場に使用されたスタジアムで、パリの中心部から電車で約15分、さらに徒歩20分ほどのところにある。

「私たちはラシンの『原点』に戻るのです」とロレンゼッティ氏は語る。

 この『原点回帰』は、アリーナの売却話が出る前から予定されていたものだ。2,300万ユーロ(約37億円)を投じ、14,000人収容のコンパクトで臨場感あふれるスタジアムを整備する計画だ。昨年12月初旬、所在地であるオー=ド=セーヌ県から、年間77,350ユーロ(約1,240万円)というパリ周辺地域では破格の固定賃料に加え、チケット売上高の3%を納付するという条件で50年間の占有許可を得た。

 しかし、この計画も不透明な要素を含んでいる。現在同スタジアムを使用しているサッカークラブ「ラシン・クラブ・ド・フランス」が、建設許可に対する異議申し立てを行っているためだ。彼らは現在2部のパリFCのような躍進を夢見ており、ロレンゼッティ氏が構想しているものよりも、もっと大規模なスタジアムの建設を望んでいるのだ。

「現在、妥協点を見出すために協議を重ねているところです」とロレンゼッティ氏は述べている。

PICK UP