【ラグリパWest】学校を背負う。保地直人 [三重県立朝明高校/保健・体育教員/ラグビー部監督]
朝明が敗れた。
連覇は13で途切れた。高校ラグビーの105回全国大会、三重県予選である。この13連覇は県予選最長だった。
11月3日にあった決勝戦で同じ県立校の四日市工に22-24。終了直前、トライを決められ、ゴールキックを通され、逆転された。
映像では軽い反則が起こったようにも見えた。モールからこぼれたボールを朝明がセービング。そこから外展開を図るが、パスミスを拾われ、インゴールを陥れられる。
監督の保地直人には大切に作物を育てるファーマーの雰囲気が漂う。
「選手たちはターンオーバーは外、という教えの通りにやってくれました」
その日焼けした柔和な顔はゆがむ。姓は「やすじ」と読む。
「圧倒して勝とう、とも話しました」
前段がある。昨年は26-26の引き分けだった。抽選で朝明が本大会出場を手にした。この顔合わせは9年連続。今年はダメを押して強さを示したい。青いジャージーの高校生たちにはそんな純粋さがあった。
今年、県新人戦は31-5、春の県総体は27-10と決勝で連破していたこともある。
「私が勝ち方を徹底できませんでした」
保健・体育教員でもある保地は負けの責任を一身に背負った。
保地は51歳。朝明で監督10年目に入った。この冬の全国大会は開催されるラグビー場から「花園」と呼ばれている。その予選で初めて敗れた。保地は出場全15回のうち9回に監督として関わっている。チームの最高位は2回戦進出。保地は5回のうち3回に携わった。地歩を固めた二代目である。
初代監督は斎藤久だった。保地があとを受けたのは2016年。朝明の創部年は1992年(平成4)である。斎藤の保健・体育教員としての赴任と同時である。斎藤は専用寮を作り、韓国人留学生を呼び、グラウンドを天然芝化した。現在は女子ラグビー<三重パールズ>のGMをつとめる。
保地は18年前にできたそのフルサイズの天然芝と土のグラウンド2面を管理し、守る。行動力もある。朝明の赴任前に上野農と稲生(いのう)にいたが、どちらでもラグビー部を作った。上野農は統合で伊賀白鳳になり廃部になったが、稲生は存続している。
保地が競技を始めたのは高校入学後、津西だった。東京学芸大でも続ける。ポジションはPR。卒業後、教員として三重に戻る。2年目から4年間、斎藤の下でコーチをつとめた。上野農には4年、稲生には8年いた。
保地が朝明に戻ってからの10年、学校を取り巻く環境は厳しさを増している。
「赴任当時は各学年ともに7クラスあり、全校生徒は760人ほどいました」
今は一学年4クラスに減った。来春は3クラスの予定だ。内訳は普通科が2、ふくし科が1。その3クラスになると統廃合の可能性がある小規模校に分類されてしまう。
生徒減の影響を当然、ラグビー部も受ける。10年前の95回大会の選手数は69。今年は39だ。3分の2ほどに落ち込んだ。県の強化クラブに指定されているため、いわゆる<県外枠>があるが、その数は一桁だ。
直接的な原因は少子化である。学校としての低い評価もある。通学の便も悪い。四日市の市内にありながら、中心地から遠い。最寄り駅は三岐鉄道の保々(ほぼ)。駅から歩けば30分ほどかかる。保地は解説する。
「スクールバスの導入も検討されました」
費用の問題があり、実現には至っていない。
ラグビー強豪校でありながら、4月の入学時には部員勧誘をする。保地は言う。
「毎年、必死でやっています」
改善の一環で主に県外部員のための専用寮も3年前に移した。廃業したビジネスホテルを借り切っているため、プライベートのある個室が中心になる。今は21人が暮らす。寮費は3食込みで75000円ほどだ。
寮監としてコーチ2人、小林恵護と藤田健太が一緒に住まう。2人は支援学校に勤務する。コーチの主格は松本直之。日体大出身で保地の同僚として朝明で保健・体育を教えている。トレーニングを専門にする後藤研を含めて、指導陣は5人体制である。
保地は毎朝5時に起きて、津にある自宅を車で出発する。向かうのは、いなべ市にある専用寮だ。部員をマイクロバスに乗せ、自身が運転。30分ほどかけ、学校に送り届ける。そして、朝練習をこなす。放課後は逆だ。
校務では、保地は生徒指導部に所属して7年目に入った。生徒の生活態度に気を配る。
「練習中、呼び出しがあれば学校を離れます」
トップの主任としてのつとめが優先される。
保地はラグビーも校務も目一杯やっている。
だからこそ、負けはつらい。苦しい。
「中学生は花園に行っているからウチを選んでくれるところはあります」
保地がそう話せば、新主将の川嶋雄大(ゆうた)は別の視点を伝える。
「歴史を止めた申し訳なさがあります。先輩たちとも、もうラグビーができません」
2年生の川嶋はSOで決勝戦に先発した。競技を始めたのは小4。四日市ジュニアラグビークラブだった。地元の子だ。
<花園に出たい>
その思いで進学を決めた。保地の持つチームの存在理由と重なる。
その朝明の再始動は敗戦の翌日だった。4日にミーティング、5日は練習をした。降雨のため、武道場の畳の上でコンタクト系に取り組んだ。保地は学校に感謝する。
「天然芝のグラウンド、武道場、ウエイト場があります。ありがたいです」
ウエイト場は占有ではないが部員が一度にできる広さ、器具が備わっている。
川嶋は当面の目標を話す。
「まずは春の選抜に出ることです」
全国選抜大会の4大会ぶり9回目の出場を目指す。開催は来年3月だ。
敗戦を前向きに考えれば、花園出場校より2か月ほど早く新チームを鍛え上げられる。その上で、学校を背負ってラグビーをすることは大いに意義がある。チームはそのこと改めて意気に感じ、試練を乗り越えてゆく。



