コラム 2025.05.20

【村上晃一の楕円球ダイアリー#1】「ラグビーは心が優しくないとできないんだよ」

[ 村上晃一 ]
【村上晃一の楕円球ダイアリー#1】「ラグビーは心が優しくないとできないんだよ」
2024年8月13日に就任した女子セブンズ日本代表の兼松由香HC(撮影:松本かおり)

 7人制ラグビーの女子日本代表(サクラセブンズ)の活躍が目覚ましい。

 世界のセブンズシリーズ大会「HSBC SVNS 2025」の総合順位が史上最高位の5位となった。SVNSアワード2025でチームとしての「フェアプレー賞」、谷山三菜子選手が「トライ・オブ・ザ・イヤー」を受賞している。

 チームを率いるのは兼松由香ヘッドコーチである。

 ラグビーを専門に取材する記者として、これまで数多くのコーチ、選手の皆さんにインタビューしてきた。
 2000人を優に超えるのだが、兼松さんの話は強く印象に残っている。

 初めて話を聞いたのは2015年初頭だった。兼松さんは15人制女子日本代表(サクラフィフティーン)、サクラセブンズ両方の代表歴があり、2016年のリオデジャネイロ・オリンピックのアジア予選を控えていた。

「オリンピックは(女子ラグビーに関わってきた)みんなの夢です。負けたら、今までの努力が報われない。私はそこ(オリンピック本番)にはいなくてもいい。出場できれば皆がやってくれると信じています」

 オリンピックにサクラセブンズを出場させなくてはいけない。そのために選手として全身全霊を捧げる覚悟を聞いて、身が引き締まる思いがした。

 同時に兼松さんが思い描いていた景色があった。

「(女子の)ラグビーワールドカップに出場した時、海外の選手がベビーカーを押し、ファンクション会場にドレスアップして来ているのを見ました。海外ではママさん選手が普通なのです。2003年に留学したニュージーランドにもママさん選手がいっぱいいて、子供たちがグラウンドの脇でラグビーボールと戯れている。これが日本でも当たり前になってほしいのです」

 以降、兼松さんの目標は、お母さんになってラグビーをすることになった。

 描いた通り、兼松さんは出産、育児をしながらリオを目指した。あるとき、娘の明日香さんに言われたそうだ。
「かあちゃんは、強いけど、優しいね」

 兼松さんは答えた。
「ラグビーは心が優しくないとできないんだよ」

 兼松さんは、ラグビーは人間力が高められるスポーツだと感じている。
「痛いし、しんどいし、泥臭い。人が嫌がる要素がいっぱいです。それを仲間のためにする。身体を張ってがんばることは、人を思いやらないとできません」

 このインタビューから3年後、ラグビー憲章の5つの言葉を軸にした『ラグビーが教えてくれること』(あかね書房)という児童書を上梓した。
 その中にある「情熱」の章に、兼松さんのことを書かせてもらった。

 2016年のリオ・オリンピックにお母さん選手として出場したが、目標だったメダルは取れなかった。そのとき、娘の明日香さんが、手作りの桜色のメダルと表彰状をくれた。

「かあちゃん、オリンピックよくがんばりました。かあちゃんのタックルが一番よかったです」

 それは嬉しかったが、桜色のメダルの深い意味を知ったのは帰国後のことだった。
 オリンピアンが集う研修会に参加したとき、自分が金メダルしか見ていなかったことに気づかされたのだ。

 オリンピックの目標は、端的に書けば、スポーツを通して心身を向上させ、フェアプレーの精神をもって理解し合うことで平和でよりよい世界の実現に貢献すること。
 がんばったプロセスが大切だということを教えてくれたのは明日香さんだったのだ。

 心が優しくないとラグビーはできない。
 プロセスがなにより大切。

 そんな考えを持つ兼松さんがサクラセブンズを率いて結果を残しているのが嬉しい。

 2025年に入って、女子セブンズユースアカデミーの参加者の中に兼松明日香さんの名前を見つけた。いつのまにか高校生。これからも楽しみは続くのである。

 今回、ラグビーリパブリックでコラムを書く場をいただいた。日々の取材で感じたことを、ときおりここで記したいと思う。読者の皆様には、心優しく見守っていただければ幸いである。

【筆者プロフィール】村上晃一( むらかみ・こういち )

ラグビージャーナリスト。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。現役時代のポジションは、CTB/FB。86年度、西日本学生代表として東西対抗に出場。87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。

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