「ユニバーサルデー」をきっかけに。ブラックラムズが描く未来とスポーツの力。

リコーブラックラムズ東京が3月30日に秩父宮ラグビー場で開催したホストゲーム、NTTリーグワン第13節・コベルコ神戸スティーラーズ戦は「誰もが楽しめるラグビー観戦環境」をコンセプトとする「ユニバーサルデー」として開催された。
ユニバーサルということもあり、障害のある人もない人も誰もが気軽にスタジアムでラグビーを楽しむことを目指したワンデーイベントは、リーグワンの試合会場では初めての取り組みだった。
“誰も”が楽しめるラグビー観戦を目指して
この日、普段から外出することにハードルを感じている車いすの方々やそのご家族に安心してスタジアム観戦を楽しんでいただく取り組みやサポートがおこなわれただけでなく、いくつかの「障害」を擬似体験し理解を深めることができるコーナーが設けられ来場者の注目を集めていた。
装着すると弱視環境になるメガネの体験コーナーでは、視覚障害者柔道でパラリンピック金メダリストの藤本聰さんと共にラグビーボールに触れ、参加者は視力が制限されたシチュエーションを知覚することができた。
手持ちのスマートフォンからアクセスする音声コンテンツ「BlackRams Radio」は視覚障害のある人だけでなく、ラグビー観戦が初めての人も競技のポイントを聴きながら楽しめるサービスだ。
ゴール裏の南スタンドの一画には特別エリアを設け、チームが招待した障害のある子ども・家族らとブラックラムズの選手たちが一緒にゲームを楽しむ観戦会が開かれた。選手の参加者の一人であるSH南昂伸は「いろいろと知ることができて学びの多い1日だった」と振り返る。
重い障害のある車いすに乗る15歳の少女の隣に座った南は、初めてラグビーを観戦する彼女と一緒にラグビーボールに触れたりチームグッズをプレゼントしたりして、ラグビーの楽しさを届けようとした。彼女は言葉を発することはできないが、笑顔で答えてくれたので楽しい様子が伝わりコミュニケーションに困ることはなかったという。
「障害のある方も『ラグビーがおもしろい』『ラグビーをやってみよう』と考える方もいると思いますし、一人でもそういう人がいてくれればいいな、と思っていました」
様々な方を歓迎するブラックラムズのラグビーを通して、スポーツを楽しみながらお互いの理解を深めることは、ブラックラムズの選手一人ひとりの成長につながり、かけがえのない価値に変わっていく。
「オフ・ザ・フィールドでの活動も積極的にすることで、ブラックラムズという名前を知ってもらえて、自分たちの価値も上がっていくと思っています。自分も含めてチーム全体でこうしたイベントには積極的に参加したいですね」

スペインで感じたスポーツの力
ユニバーサルデーを統括したクラブ・ビジョナリー・オフィサーの白﨑雄吾さんは、以前に視察で訪れたスペインでスポーツの力を目の当たりにしたことがあった。
ビジャレアルCFは人口約5万人の都市をホームとしながら、国内や欧州の大会で毎年高い水準の戦績を残し、2020-21シーズンは欧州でチャンピオンズリーグに次ぐ権威の「ヨーロッパリーグ」で優勝を果たした名門だ。レアル・マドリードやFCバルセロナなどビッグクラブがひしめくラ・リーガの中で、大都市を拠点としないビジャレアルCFはなぜ強さを発揮できるのか。白﨑さんはスペインに飛び、クラブと街のリレーションを探った。
ビジャレアルの街では人々がインクルーシブな生活を送っていた。主要産業のセラミックを製造する工程で発生した破片を、障害のある人がモザイクアートにして街中で展示するなど共生の文化が根付く。
その街で息づくクラブ、ビジャレアルCFは知的・精神障害者のサッカーチームを運営している。トップチームの隣のグラウンドで練習することもあり選手たちとの交流も生まれていた。チームに入った障害のある人たちはサッカーの楽しさに触れることで、どんどん外向的になっていったという。これはビジャレアルというクラブの存在、取り組みが人々の生活を豊かにしたケースの一例だ。「その街が抱える課題をスポーツの力で解決することが、スポーツチームの使命だと思ったんです」と白﨑さんはスペインで得た気付きを語る。
ブラックラムズは「Be a Movement.」というビジョンを掲げ、社会と未来に活力と感動をもたらすことをミッションとするチームだ。
「僕らが今進んでる方向と社会に対する課題解決はフィットするんじゃないか」
これまでもホームタウン活動として地域の人々と共に様々な活動をおこなっていたが、包括的な取り組みとしてステークホルダーの課題解決につながるような、スポーツの力を用いた“発信”の機会を設けたいと考え、「ユニバーサルデー」の企画がスタートした。
ユニバーサルデーを“きっかけ”に
約2か月の準備期間を経て当日を迎えたが、初めての取り組みということもあり運営面では課題も見つかった。1947年完成の秩父宮ラグビー場はバリアフリーに完全には対応できていないため、ハード面で対応できないこともあった。
聴覚や視覚など感覚過敏の症状がある人向けのセンサリールームはリーグワンでも他チーム、他スタジアムで先行事例があるが、今回は設置できなかった。
通常、メインスタンドの一般観客はエレベーターを使用することはできないが、ユニバーサルデーでは運営オペレーションを限定的に変更することで一般の方も使えるようにし、できる限り障壁をなくすよう取り組んだ。
こうした課題を認知することが改善に向けたファーストステップになる。予備知識なくスタジアム観戦に訪れた人にとっても、「ユニバーサルデー」という言葉や企画に触れたことで社会に現存する課題や、そうしたハードルや障壁に苦しむ人々の存在を知るきっかけになったはずだ。
顕在化した課題が新しいアイデアにより解決へと導かれる。ブラックラムズのようなスポーツチームは、社会課題解決の第一段階である「認知」のフェーズを生むことができるのかもしれない。
「誰もが楽しめるラグビー観戦環境」というフレーズの中にある“誰も”という言葉には、きっと自分自身も含まれる。ユニバーサルデーで特別に展開した施策のいくつかは、将来当たり前のようにおこなわれるサービスやプロダクトになる可能性がある。
ブラックラムズは来季以降もユニバーサルデーを開催する意向だ。チームの拠点であるクラブハウスとグラウンドを活用し、誰もがスポーツに触れる環境を作るというアイデアも浮かんでいる。当事者であるブラックラムズもユニバーサルデーをきっかけに歩みのスピードを上げていく。