【コラム】36歳のトリニティー。

ふとももは物語る。筋肉の隆起に歴史ありだ。2025年3月22日の秩父宮ラグビー場。東芝ブレイブルーパス東京のベンチより最後のひとりが飛び出した。対埼玉パナソニックワイルドナイツの後半37分である。この時点で42-24。まず白星はかたい。
さっき「飛び出した」と書いて、これはよくない。慣習的思考にやられている。本当はもっとゆったりとしていた。歩み出るように走った。
豊島翔平。36歳。14番のジョネ・ナイカブラが出血、出番は生じた。
さほど日に焼けていない両脚が頼もしい。ベテランもベテラン、にもかかわらず、あるいはだからこそ、しっかり鍛え続けているとすぐにわかる。
12節にして今季初出場。難敵に土をつける瞬間は眼前に迫る。よかったなあ。親類でもないのに、つい思う。
J SPORTSの中継のカメラがすかさず背番号17の三上正貴をとらえる。ついでナンバー8のリーチマイケルの横顔も。さすが。自分も放送解説にかかわっているので「身内ぼめ」はしたくはないけれど、なんともわかっている。このトリニティー、三位一体は、ひと昔よりもっと前の東海大学の同期なのである。
2010年1月10日。国立競技場。全国大学選手権決勝。左プロップは3年の三上、バックローに君臨するのは7番のリーチ、そしてFBが豊島。キャプテンをフランカーの荒木達也が務めた。準決勝で慶應義塾大学に19-14と競り勝ち、帝京大学と頂点を争う。いずれが制しても初優勝であった。
13-14。青春はそんなに優しくない。1点に泣いた。
ちなみに帝京の9番は、15年後、36歳になったリーチらの試合を吹く滑川剛人レフェリーである。10番はブレイブルーパスの森田佳寿コーチングコーディネーターその人だ。
振り返ると、無冠の実力校、東海大学のその「無冠」の形容がいきなりあそこで外れていれば、のちのクラブの戦績もきっと変わっていた。以後、王者は波をつかみ、敗者はあと一歩でトロフィーを逃がすヒストリーを積み上げる。
翌年度は準決勝でやはり帝京に22-36で負けた。のちの国民的ヒーロー、最終学年のマイケルの蹉跌。やがてワイルドナイツや南アフリカをやっつけることになるのに真紅のジャージィの大学生には勝てなかった。愛称シーゲイルズは、2015、16年度とファイナルへ届くも退けられた。
豊島翔平は東海大学付属相模高校から東海大学へと進んでいる。それぞれの時代を知るひいきはもちろん存在する。東芝ブレイブルーパスに入り、2016年のリオデジャネイロ五輪の7人制代表に呼ばれ、4強となる印象もまことに深い。
ただ、もしかしたら、もっともディープなファンは「北中野中学」での姿を目にした者たちかもしれない。東京は中野区の公立校はかつてラグビー部の隆盛を誇った。卒業生のリーグワンの現役に横浜キヤノンイーグルスの万能フッカー、中村駿太、日野レッドドルフィンズの格別なユーティリティー、東郷太朗丸がいる。
知られざる。いや、知る人ぞ知る。いやいや、近くの同士の敬意をこれでもかと集める指導者、当時の長島章監督と出会えた。それは人生の幸運に違いなく、サッカー少年は、楕円のフットボールのオリンピアンとなれた。
リオのニュージーランド戦金星。当事者には周到な準備のもたらす必然でもあるわけだが、国際標準ではアップセットに他ならない。攻防の最終局面、豊島翔平は芝の上にいた。100歳になって、ひざに毛布をかけて椅子に揺られながら、近所の子どもに自慢ができる。
「周りの人たちが喜んでくれること」
いつか当リパブリックのページに「ラグビーの魅力」を語った。なんといってもオリンピックの舞台で黒一色のャージィをしょんぼりさせたので、まさに実感なのだと素直に伝わった。他者の笑顔はおのれの幸福。本当なのだ。
さて、ふともも。三上正貴を忘れてはならない。青森工業高校ー東海大学工学部ーブレイブルーパス。2013年の6月15日の秩父宮ラグビー場。ジャパンはウェールズを23-8で破った。1番は25歳のこの男だった。
後半24分。12点のリード。自陣左ゴール前におけるウェールズ投入のスクラム。伝統国は展開を放棄、押し切りを企てる。球を最前列の足のあたりに置いたまま乗り越えるみたいに前進を図る。
胸に桜の強靭な下半身は耐えた。それどころか右方向へ圧力を与える。
「ジャパンが左から右へ押したので、向こうの1番にあったボールが3番の足元へきました」(試合後のコメント)
三上の真っ赤なシューズは楕円の宝物をとらえ、こちらへ収まる。6番のヘンドリック・ツイ(前述の2009年度大学ファイナルに覇者の6番で出場していた)が拾い上げ、長いゲイン、難を抜けられた。最終スコアは23-8。古い用語の「タイトヘッド(相手投入をフロントローが足で奪う)」がなければ、もっと、もつれた。
先の埼玉ワイルドナイツ戦では後半26分に入替出場。同28分過ぎのセットピースでまんまとPを得る。直後の表情がどうにも憎い。まぶしそうな目で口の端だけが笑う。あれは照れなのかな。