【ラグリパWest】素材獲得の努力。兵庫県立芦屋高校ラグビー部
渡邊雅哉は達成感に満ちる。
「やってよかった。たくさんの中学生が集まってくれました」
真田広之に似る46歳。その端正な顔は黄土色の砂ぼこりを浴びていた。
11月23日、勤労感謝の祝日、中学生を対象にした『2024 県立芦屋高校ラグビーカーニバル』があった。渡邊は主催者として、関西特有の砂のグラウンドで奮闘する。この高校の監督であり、体育教員である。
この初のカーニバルに参加したラグビースクールは3つ。近隣で活動する兵庫県、芦屋、西宮ジュニア。その1、2年生140人が15分1本勝負を13試合戦った。兵庫県下では14の中学生指導を含むスクールがある。
渡邊の指示の下、23人のラグビー部員は場内案内やアナウンス、タッチジャッジなど運営を担った。この新チームの1、2年生部員には女子マネ3人が含まれている。
主将は石井仁(じん)である。166センチ、82キロのHOは笑顔を浮かべる。
「模擬店もあって、中学生がラグビーを楽しんでくれてよかったです」
OB会と保護者の協力もあり、おにぎり、豚汁、唐揚げ、フランクフルト、お茶やジュースなども販売された。
試合後にはクリアファイルに入った学校案内とラグビー部の紹介資料が参加スクール生に配られた。渡邊は言った。
「知名度を上げていかねばなりません」
それが今回のカーニバルの肝である。
緑に白2本のジャージーが強かったことを今の中学生たちは知らない。芦屋は7回の決勝進出の記録を残す。冬の全国大会の県予選である。最後は81回大会。報徳学園に0-65だった。23年前である。
今年の104回大会は8強で敗れた。神戸科学技術に7-71だった。県内は今、報徳学園と関西学院の2強時代である。ここまで37回の県予選をどちらかが制している。
その2強に接近したい。もし勝てれば、部員たちに得難い経験をさせてやれる。そのための素材を得るカーニバル開催である。ひとりでも多くのスクール生に進路の選択肢に加えてもらいたい思いが渡邊にはある。
スクールに熱視線を送るのも理由がある。県内には5つの中学校ラグビーがあるが、報徳学園や関西学院などすべて私立で高校が上にある。そこからの経験者は望めない。
渡邊と同じ姿勢、公立校ながら絶対的王者に立ち向かう指導者は少ない。思い浮かぶのは浮羽究真館の吉瀬(きちぜ)晋太郎や布施工科の西村康平である。吉瀬の福岡には東福岡、西村の大阪にはご三家、東海大仰星、常翔学園、大阪桐蔭がある。
最初から諦めるのはラクである。しかしそれで、戦った、といえるのか。渡邊は鹿屋体育、吉瀬は京都産業、西村は筑波とそれぞれその出身大学で勝負にこだわるラグビーをやった。挑む背景は持っている。
その渡邊を榎本誉展(ひろやす)は自分の後任として県高体連のラグビー専門部の委員長に据えた。兵庫の高校ラグビーを実務者トップとしてかじ取りしてゆく役職である。
渡邊は話が持ち込まれた一昨年、一度は就任を辞退した。榎本は説得する。
「誰でもやれるポジションではない」
今、榎本は兵庫工の監督をつとめている。
渡邊が競技を始めたのは高校入学後である。神戸の西にある県立進学校の星陵だった。進んだ鹿屋体育は当時、九州学生ラグビーの一部、Aリーグに属していた。現役時代は170センチ、73キロの体格でWTBだった。
教員となった渡邊がラグビー指導を施すのは3校目である。最初は県立伊丹で8年、そして母校の星陵には7年いた。
「県伊丹や星陵でもカーニバルをしました」
挑む姿勢は昔からあった。
渡邊にとって赴任5校目となる芦屋の学校創立は1940年(昭和15)。スタートは旧制中学だった。ラグビー部の創部は8年後。学制改革で新制高校になった年に定められている。現在は共学の全日制普通科校として3学年840人ほどの生徒が学んでいる。
特徴のひとつは3線からのアクセスの良さがある。徒歩で、特急停車の阪神芦屋駅から8分、新快速停車のJR芦屋駅からは10分で着く。もっとも北の山側を走る阪急の芦屋川駅から22分。歩けない距離ではない。渡邊もそのことをカーニバルで話している。
通いやすいこともあり、受験生の人気はある。偏差値は60弱が必要とされている。入試は推薦と一般の2回。推薦はスポーツに特化していないが、全県から受験できる。渡邊は以前から加古川、姫路と「播州」と呼ばれる西の地域にも車で勧誘に向かっている。
このカーニバルは準備に約3か月を要した。実施の前週は午後9時過ぎまで校内にいた。
「個人の仕事が重なっただけです。僕が悪い」
渡邊は笑う。教員、監督、ラグビー専門部の委員長の三役をこなす、多忙の日々に対する愚痴はない。
渡邊が率いた芦屋の新人戦、春季大会(県民大会)、全国予選のメジャー3大会での最高は4強である。来年4月から赴任5年目に入る。長くなればなるほど異動が近づいてくる。
公立校の教員は異動から逃れられない。渡邊自身の最長在任は県立伊丹の8年だ。
「話が来たら、その時はその時です」
鮮やかな割り切りがある。今いるチームを強くするため、できることをやるだけだ。
1、2年生で臨む新人戦(近畿大会予選)は順当にゆけば、年明け11日の8強戦でシード校の報徳学園と当たる。全国大会出場50回を誇る相手との戦い方次第でカーニバルに参加してくれたスクール生の見る目は変わってくる。大切な新人戦になってくる。