苦悩のシックスネーションズを終えたフランス。新リーダー、トマ・ラモスの存在は光
「地獄のような大会だった」
シックスネーションズ(以下、6N)最終日のイングランド戦に勝利し(33-31/3月16日)、2位となったフランス代表。
チームを率いるファビアン・ガルチエ ヘッドコーチ(以下、HC)は、そう漏らした。
「前半、しっかり試合に入れた。特にセットピースとフィジカルで相手を圧倒できていた。何度もチャンスを作ったが、聡明さに欠けて得点に結びつけられなかった。16-13でリードしていたが、もっと得点できていたはず。こちらが決め切れずにいると、相手が流れを掴む」とガルチエHCは試合を振り返った。
前半終了間際にイングランドにトライを許し、後半開始早々に立て続けに2トライ献上する。6分で21点を取られ、「ワールドカップ(以下、W杯)準々決勝の南アフリカ戦を思わせるシナリオだったのでは?」との質問が記者から出た。
「その通り。ただし今回は我々が勝利した。選手たちは些細なチャンスも生かそうとし、どんなこぼれ球にも飛びつき、2トライをとって素早くリードした。強固な意志が必要だった。この勝利には、数か月前に起こったことの中で学んだことが生きている。選手たちは立ち上がり、勝ちを掴み取りにいった。この大会で我々自身について多くを学んだ」とレ・ブルーの指揮官は答えた。
初戦のアイルランド戦で完敗し、スコットランド戦ではなんとか勝利したものの、「プレーがお粗末」と批判された。
イタリアとはフランス国内で行われた6Nの試合で初の引き分け。現地の報道には「大失態」、「崩壊」、「憔悴」などの文字が並び、さらに映画のタイトルである『落下の解剖学』という見出しで不調の原因を分析する記事も複数見られた。
チームにとって苦しい時間だった。
しかし、ウエールズ戦を境に回復の道を歩み始める。
まず、負傷していたLOチボー・フラマンの復帰と、待望の大型LOエマニュエル・メアフーの加入はFW戦を有利にした。
ウエールズ戦で初キャップだったメアフーは、トゥールーズのチームメイト(PRバイユ、HOマルシャン、フラマン、FLクロス)に囲まれ、初戦から存在感を発揮、続くイングランド戦では相手を圧倒した。
また今大会開幕前は、「これまでの選手の80〜90パーセントを2027年W杯に連れて行く。負傷者が出れば、若い選手にもチャンスが与えられる」とメンバー固定の方針を示していたガルチエHC。しかし、SOマチュー・ジャリベールの負傷と、CTBジョナタン・ダンティーのレッドカードによる出場停止でメンバー変更を余儀なくされた(ともに第3節のイタリア戦)。
すでにリザーブとして念願の代表デビューを果たしていたSHノラン・ルガレック(21歳)に、CTBニコラ・ドゥポルテル(21歳)、FBレオ・バレ(21歳)の2人の新しい世代の選手が加わった。「失うものは何もない。ただブルーのジャージーを着て試合に出られることが嬉しい」という彼らの若さと熱気がチームに新風を吹き込んだ。
ガルチエHCは、それまでのキックを多用する戦術から、ボールを維持する戦術に切り替えた。その采配を振るったのが、ジャリベールに代わって10番を背負うことになったトマ・ラモスだ(イタリア戦の途中からSOの位置に入り、ウエールズ戦からの2戦で10番のジャージーを着た)。
ラモスはトゥールーズでもロマン・ンタマックに代わりSOに入ることが多く、今季のトゥールーズでの10試合中9試合で背番号「10」をつけている。
また2019年、2021年のトップ14決勝戦でも10番のジャージーを着てチームを優勝に導いた。
2019年W杯で来日時に「10番と15番、本当はどちらがやりたいの?」と聞いたことがある。
「本当は10番なんだけど、代表じゃロマン(ンタマック)がいるからなぁ」と言っていた。
その後、代表ではアントニー・ブチエがFBに選ばれ、ブチエが負傷するとブリス・デュラン、そしてメルヴィン・ジャミネと、なかなかラモスにチャンスが回って来なかった。
代表合宿には呼ばれ、ウイークデーは代表で練習し、週末はトゥールーズで試合に出るという日々が続いた。
2022年のシックスネーションズではベンチに入ることができたが、プレー時間は長くて10分。時には出場のない試合もあった。
ラモスの持ち味は、コーチから用意されたフレームから外れて積極的にイニシアチブをとって攻撃を仕掛け、チャンスを作るところだ。トゥールーズでは奨励されているが、代表スタッフの求めていたものではなかった。
2022年11月、ジャミネの負傷でようやくラモスにチャンスが訪れ、それ以来代表FBに定着した。
「トマ(ラモス)は代表スタッフの求めに応えたのだ」とトゥールーズのユーゴ・モラHCは言う。
昨年のW杯前に「負傷したンタマックの代わりは誰になるのか?」と論じられていた時にも、トゥールーズでSHアントワンヌ・デュポンと息の合っているラモスの名が上がっていた。
記者からも質問されたが、その時はジャリベールがいたこともあり、「僕のポジションはFB」と答えていた。
しかし今回、チームはジャリベールも失った。先発SHに起用したルガレックは才能豊かも、若く、経験が浅い。彼とコンビを組ませるために、「トゥールーズで完璧にSOの役割を果たし、代表チームのシステムを知っていて経験もあるトマ(ラモス)をよりボールの近くに配置し、プレー、そしてチームをリードしてもらう」とガルチエHCはラモスを選んだ。
その期待にラモスは応えた。
FBとしてだけではなく、完璧ではなかったが、SOでもテストマッチレベルで通用することを証明。さらに2年前は代表とクラブを往復していた彼が、今大会ではプレーを指揮し、檄を飛ばし続け、すっかりチームのリーダーとして信頼を獲得した。
その姿は、これまで彼がたどってきた足跡を思えば感慨深いものがあった。
79分の逆転のPGは、SHマキシム・リュキュも「俺が狙う」と手を挙げたが、ラモスが決めた。
その後もすぐにイングランドのキックオフに備えてチームに檄を飛ばす。フランス代表チームの絶対的存在のデュポン、ンタマックが不在で苦しい大会だったが、そのおかげで潜んでいたリーダーが頭角を表した。
「決して楽な大会ではなかったけど、最終戦で勝ててチームの努力が報われた。(W杯の)大きな失望から這い上がって来なければならなかった。しかも初戦で頭に大きな一撃を喰らった。良いプレーができなければ、批判されるのは当然のこと。でもチームはリアクションすることができた。すべてが完璧だったわけではないけれど、今は満足している。大会が始まった時に失っていた意欲を取り戻すことができた。これからもこの勝利の雰囲気を味わうために努力する」
試合後、現地中継局のフランス2のインタビューに答えるラモスの目には涙が浮かんでいた。
W杯自国大会優勝の大きな期待を背負いながらも実現できなかった心の傷は深かった。今大会は、事実を受け入れ、消化し、回復に向かうためのステップになったのではないだろうか。
夏の南米遠征は、例年の如くトップ14の準決勝、決勝と重なるため、ベスト4のクラブの選手は参加しない。最も多くの代表選手を供給しているトゥールーズ、ボルドー、そしてラ・ロシェルもこれから順位を上げていくことが予想されており、次に主力が代表に揃うのは、11月のオータムネーションズ・シリーズになる。
初戦の相手は日本だと現地では報じられている。