【コラム】あなたの町の「稲垣さんと、堀江さん」
ラグビーの神様は、いるのかもしれない。
確定申告締め切り日までカウントダウンの3月某日。絶体絶命のピンチが訪れていた。
フリーランスとなって、いちばん厄介なのが確定申告だ。入門書も何冊か読み、会計アプリも使って入力したものの、途中でエラーが出て、先に進めなくなった。ネットや公式サイトを見ても解決しない。夜中ににっちもさっちもいかなくなり、朝、藁にもすがる思いで、家から一番近い税理士事務所に電話した。
デッドラインまで百時間を切っている。新規の客など門前払いも当然の時期に、その人はいきなりの電話にも快く頼みを聞いてくださった。
早速パソコンと資料の束を抱えて訪問。名刺を出し職業を名乗ると、
「なかなか優勝できませんねえ」。「実は私、そこの仕事をしておりまして」。お互いに驚きあった。
その税理士さんは、ずっと以前から、私が仕事をしているチームを応援してくださっていた。仕事場を移して以降、ラグビーに興味のある人に出会ったのは初めてだ。
すぐにパソコンを見てくれた。初期の入力ミスで、それが最後にエラーとなっていた。カタカタと入力画面を確認してもらいながら、楕円話に花が咲く。
昨年のW杯はパブリックビューイングで観たそうだ。サンウルブズの試合も観戦しており、話が進むにつれて過去にかなりの試合、競技場で一緒だったことがわかった。
「スーパーラグビーも、1年だけJスポーツで放映された全試合を観戦したことがありました。さすがにあの時は大変だったなあ…」
それはもう、ファンの域を超えてますよ。話しかけると注意を削ぐかと思っていたが、向こうは手慣れたもので、ラグビーの話をしながら、キーボードをたたいている。
高校時代、花園には縁のない普通高校だったが、授業でラグビーをやらされてハマったそうだ。
「僕はFBがやりたかったんですけどね。じゃんけんで最後まで負けて、残っていたポジションはHOしかなくて」
いきなりスクラムを組むことに。対面はクラスのラグビー部員だった。
「そいつに思い切り首をとられましてね」
きっと、心も一緒に持っていかれたんですね。
最近は仕事が忙しく、一緒に競技場に行っていた息子さんも大きくなり、なかなか現地観戦はできないのだと嘆いていた。
「好きなポジションはフロントロー。後ろには華やかな選手もいますけど、1列が仕事をしてくれるから、輝けるんですよね」
トップリーグ創設前は、あまりにスタンドに人が少なく、ポツンと座っている姿がカメラに抜かれたこともあったという。だからスタンドに大勢のファンが詰めかける昨今の人気がまだ信じられないとも。
「稲垣さんや堀江さんが、最近よくテレビで観られるようになって、本当に嬉しいです」
自然な「さん付け」に、選手への敬意が伝わってきた。
話をするうち、前日も翌日も、この日の午後も予定が入っていることが分かった。たまたま連絡した時間帯が空いていて、突然の申し出を聞いてくれたのだった。
「これで大丈夫ですよ」
一通り作業が終わり、改めて感謝を伝えるとその人は言った。
「皆さんが困ったときのために、僕らの仕事があるわけですから」
普段出会うことは少ないけれど、きっといろいろな街のどこかに稲垣さんや堀江さんがいて、いざという時に手を差し伸べてくれるのだ。
ラグビーの神様、今回のご恩は、きっちり仕事でお返しします。