国内 2024.03.11

ワイルドナイツ、全勝対決で直面したふたつの揺らぎ。

[ 向 風見也 ]
ワイルドナイツ、全勝対決で直面したふたつの揺らぎ。
攻守にわたる豊富な仕事量でワイルドナイツをけん引した主将の坂手淳史(撮影:松本かおり)


 ラグビーは人がするものだ。人と同じようにいくらでも揺らぐ。

 リーグワン1部にあって最後の全勝対決も然りだ。

 一昨季まで国内2連覇の埼玉パナソニックワイルドナイツは3月9日、地元の熊谷ラグビー場で東芝ブレイブルーパス東京と対峙。強風のもと36-24と制した今度の第9節では、ふたつの揺らぎを乗り越えた。

 最初の揺らぎは、風上にいた序盤に迎えた。

 自慢のタックラーがよくブレイブルーパスの走者、援護役の下敷きになった。接点に巻き込まれ、いつまでも撤退しないと見られて反則を食らった。10-7と3点リードしてからその向きを強め、18分、10-10と追いつかれた。

 左右に広がるワイルドナイツの守備網に対し、ブレイブルーパスは密集近辺に優れた突進役を投下していた。ワイルドナイツのHOである堀江翔太から見れば「僕らの弱みのところに真っすぐコンタクト」。ブレイブルーパスの先発HOで好突進連発の原田衛ゲーム主将は、謙遜しつつも誇る。

「チームとして(HOの原田ら)FWのキャリーを増やす戦術だった。手ごたえはないですけど、ボールをもらう機会が増えた」

 ワイルドナイツはひとまず、この揺らぎを制御する。原点回帰への声掛けによってだ。HOのスターター、坂手淳史主将はこうだ。

「タックルをした選手が速くその場をどいてアクションするようチームにアプローチし、レフリーにも(改善したことを)話しました。また、タックルが効果的に起こらないと(ボール保持者の下敷きになって)反則を取られる。その点も修正しました」

 それがクラブ本来の型なだけに、微修正は叶った。「T1」と呼ばれるひとりめの狙撃手が刺さってはすぐに起立し、十分な枚数を揃えた防御ラインが飛び出す。圧をかける。

 その流れから敵陣10メートル線付近左中間でペナルティゴールを選べたのは、13-10としていた28分のことだ。

 日本代表司令塔でもあるSOの松田力也がショットを沈め、16-10とした。19-10とさらに先行して前半を終え、こう展望した。

「前半、風上でリード。そうなると相手はアタックしなくてはならなくなる。となると、どこのエリアでプレーするか(が大事)」

 ブレイブルーパスがエリアを問わず攻めてくるとわかったうえで、いったん蹴って楕円球を渡してしまうことにしたのだ。

「そこを止めるのが、僕たちのプラン」

 24-10と加点していた48分、松田の目論見通りにハーフ線付近で堅陣を敷いた。

 FLのラクラン・ボーシェーが倒した走者の持つ球へ、南アフリカ代表CTBのダミアン・デアレンデが絡んだ。

 ペナルティキックを敵陣中盤左でのリスタートにつなげ、たったの3フェーズで29-10と差を広げた。

 デアレンデがボーシェーとの連係を「彼のいいタックルがあったからこそ、私がそこに到達できた。両者が互いのできることを理解し合っている」と説くかたわら、ワイルドナイツは安全水域に突入しそうだった。

 現実は簡単ではない。ふたつめの揺らぎがあった。

 きっかけは59分頃。イエローカードに伴い数的優位を保っていたなか、ブレイブルーパス側のゴールポストの近くでペナルティキックをもらった時だ。

 ここで選手はペナルティゴールを選ぼうとした。成功すれば、3トライ3ゴールでも追いつかない22点差にできるからだ。

 かたや、ベンチはタッチラインの外へ出すよう指示。リーグ全体の勝ち点や得失点差を鑑み、トライを目指すよう求めたようだ。

 結局、後者のチョイスを重んじるも、松田はタッチキックを未遂に終わらせた。いくら名手でも、迷うと失敗しやすくなるのだ。

「スタッフとグラウンドでのコミュニケーションがうまく取れてなくて。グラウンドでは、皆、ショットだと思っていたんです。ただ上からのコールがあって『どうする?』となって、その声に従ったところで…僕自身ももっと冷静にできればよかった」

 ここからは開き直ったブレイブルーパスが、ラック近辺の突進で迫力を取り戻した。かつ、風上に立ったためキック合戦で優位に立った。やがてワイルドナイツは負のスパイラルに入り、規律を乱した。

 すでに良化したはずのタックル後の動きは、元に通ったかのよう。坂手はこう見た。

「最後まで改善できたり、できなかったりでした。相手が勢いづいたこともありました。また、風があってエリアを取るのが難しいところで反則してしまい、相手のいいランナーにスピードを持ってアタックされた。その1~2メートルは敵陣であれば少ない傷で済みますけど、自陣では…」

 71分までに29-24と詰め寄られた。あと1トライ1ゴールで逆転されるところだ。

 ショットで刻むか、トライを狙うかの逡巡に始まった一連の流れを、松田はかように振り返る。

「選択を間違えずにやりたい。欲張りすぎるとよくないなと改めて思いました。…負けなくてよかったです」

 このふたつめの揺らぎを抑えたのは、今季が現役ラストの堀江だった。

 51分に坂手に代わってHOへ入り、73分頃には自陣中盤で好ジャッカル。「インサイ(ド)! インサイ(ド)!」と攻撃ラインとボール争奪局面の間を埋めていると周りに伝え、目の前に生じた密集へ腕を絡めた。

 かくして敵陣でのアタックに移ると、SHの小山大輝がフェーズを重ねるたびに間を取り、左右を見回し、自前の強い走者へゆったりとパス。堀江が静止した揺らぎを再発させぬよう努めた。

「焦るところでもなかった。点差もありますし。『スロー』と言いながら、リズムが出たら(テンポを上げて)攻めようとしていました」

 するとブレイブルーパスの15度目のペナライズも経て、79分、LOのマーク・アボットらがだめを押した。

 ブレイブルーパスのFLで元日本代表の徳永祥尭は、細部を検討して自分たちの伸びしろを見つけていた。

「相手の広く立ってくるディフェンスに対してラック際を攻略しようと思い、そこでノックオン(落球)が起きたことがおそらく2~3回はあった。また試合を見返したら、相手が(ブレイブルーパスの局地戦で)内側に寄ってくるなかで外に(パスを)散らせたところがたぶん、ある」

 指揮官のトッド・ブラックアダーは、戦前より「勝っても負けても学びがあるでしょう」と占っており、その通りとなった。この冬初めて日本代表候補になった原田は、終盤に追撃できただけに中盤の拙攻を悔やんだ。

「(ワイルドナイツは)僕らがゲイン(突破)してもずっと整っている、『最初(振り出し)に戻る』みたいな状況を作っていた。やりづらいディフェンスでした。最後に2本連続でトライを獲っていた。風上だったので、最初からキックを有効的に使えればもっと有利に立てたかな…と」

 かたやワイルドナイツでは、小山がプレーヤー・オブ・ザ・マッチを受賞。いつの間にか顔に傷を作り、かねて練習で切っていた唇からも流血していた。

「プレッシャーはかかりました。東芝さん、強いので」

 影の殊勲者にあたる堀江は、「いまの主流のラグビーのやり方に合わせ過ぎた」。左右にまんべんなく人を配するトレンドの攻め方に対応できるよう意識しすぎたことで、ブレイブルーパスのストレートランに後手を踏んだと見た。

 向こうの出方によっては、仲間同士の間隔を調整したいという。

「ひとりめ(のタックル)が止めるのはもちろん、立ち位置などのうちらのベーシックの部分をしっかりやらないと」

 白星をつかみながら反省できたのが、一番の収穫か。小山はこうも述べる。

「皆、口には出さないですけど、負けちゃいけないというカルチャー的なものはチームに根付いています」

 ワイルドナイツはいまのところ、揺らいでも、揺らいでも最後には立ち直れそうだ。

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