コラム 2024.01.23

【ラグリパWest】いい人。前川泰慶[クボタスピアーズ船橋・東京ベイ/チームディレクター]

[ 鎮 勝也 ]
【ラグリパWest】いい人。前川泰慶[クボタスピアーズ船橋・東京ベイ/チームディレクター]
リーグワン一部、クボタスピアーズ船橋・東京ベイのチームディレクターである前川泰慶さん。この日は花園ラグビー場のある近鉄東花園駅にやってきた。3月9日にはホームゲームとして、ここでトヨタVと戦う。クボタの本社は大阪・難波にある。


 藤島大には印象がある。
「いい顔してるよね。絶対、いい人」。
 前川泰慶(ひろのり)のことである。褐色の中にある切れ長の目はいつも垂れている。人懐っこさあふれる38歳である。

 書いても、しゃべらせても一流の藤島がほめる。うらやましい。前川はクボタスピアーズ船橋・東京ベイ(略称:S東京ベイ)のチームディレクターをつとめている。

 チーム運営に責任を持つGMの石川充を支える。前川はその仕事を説明する。
「チームの環境を整えることですね」
 プロ野球なら「編成」である。大学生の採用。選手の評価。プロならそれは報酬に跳ね返る。退団(退部)者の選定。年間計画を立て、ヘッドコーチ(監督)のフラン・ルディケら首脳陣と折衝する。

 チーム強化にはまずは素材の確保だ。2023年度のリクルートは成功した。大学で名を成した7人が入る。昨季、リーグワンを制し、初めて日本一になった勢いはここにもある。

 その軸は60回目となる大学選手権の決勝を戦った両主将、HO江良颯とCTB廣瀬雄也。江良の率いる帝京大は廣瀬の明大を34-15と降し、3連覇を含むV12とする。

 お手柄ですな?
「いえいえ、3人の先輩が社業をこなしながら、休日や有休休暇を使って、手伝ってくれたおかげです」
 大島浩嗣、吉田英之、熊田碩彩(=せきさい、旧姓・井上)の名前が挙がった。

 大島と吉田は営業。熊田は人事にいる。仕事を片付け、自分がいたチームの発展に資する。現役時代のポジションはそれぞれHO、CTB、SH。恩返しの思いにあふれるOBたちがいる。

 前川の現役引退は2016年3月。翌月からチームスタッフになる。広報・普及から採用に転じ、チームディレクターになった。

 クボタへの入社は2008年4月だった。出身大学は同志社。当時は教職に興味があった。
「大学4年の12月に入社が決まりました。赤塚さんが急に引退したのです」
 赤塚隆は194センチの大型LOだった。日本代表キャップは6。編成上、その穴埋めに白羽の矢が立った。

 当時の監督は山神孝志。同志社の先輩でもある。働きながら、筑波に通い、保健・体育の教員免許を取ることを了承してもらえた。社会の教員免許は取得済みだった。

「最初は2年でやめて、教員になるつもりでした。でも、人を大切にするとてもいい会社で、そんな考えは吹っ飛んでしまいました」

 現役時代の体格は184センチ、104キロ。選手として8季を過ごした。入社しての2季はトップリーグ最上の6位。リーグワンの前身である。一方で二部にあたるトップイーストも2011年から2季を経験した。

 チームは前川が現役引退した同じ2016年にルディケを招へいした。教員出身のヘッドコーチはゆっくりとチーム改革を進め、昨季、ついに優勝させた。前川は現役時代からのチームの浮き沈みを目に焼きつけている。

 前川が人生の中心を占める競技を始めたのは奈良の生駒少年ラグビークラブである。小1になり、父・正行に連れて行かれた。

 中学受験を経験して、同志社香里に入る。
「紺とグレーの段柄が格好良かった。香里は大学と同じジャージーを着ますから」
 高校時代に花園出場はない。
「大阪の予選は3年間、準決勝敗退でした」
 大学では1年生からLOやFLとして公式戦出場を果たした。

 大学4年では主将になった。就任して間もない5月、2年生部員3人がわいせつ目的の女性誘拐未遂事件で逮捕された。前川は高校に戻り、教育実習の最中だった。

「練習は2チームに分かれたこともあって、その3人とはしゃべった記憶がありません。キャプテンとして、気にかけてあげられなかった、という思いが今でも強いです」

 事件後、ミーテイングを繰り返した。
「自分の当たり前は当たり前じゃない、ということを知りました。ちゃんと練習に出て、ちゃんとラグビーして、帰る。そうじゃない人間もいるんだな、っていうことです」

 連帯責任にはならず、秋のリーグ戦には出場する。関西は制したが、44回目の大学選手権は1回戦で筑波に20-25で競り負けた。

 当時の後悔や反省から、今、フロントに入りながらも、積極的に選手や学生とコミュニケーションをとるようにしている。今回のリクルート成功の下地はその部分もある。

 そのS東京ベイは、優勝で追われる立場になった。連覇を目指す今季は、まだ波に乗れずにいる。第6節の途中で5戦2勝3敗。勝ち点は11の暫定7位だ。

「昨年の埼玉WKとの決勝はSOバーナード・フォーリーのエリア取りキックとディフェンスというこれしかない形で勝てました。ただ、まだチームとして完成しきっていない。今は苦しい。でも、それは完成形を迎えるために必要なものだと思っています」

 前川には私事でも勝利への思いがある。昨夏、母・幸子に悪性の腫瘍が見つかった。
「髪も薄くなって、かわいそうです」
 今は抗がん剤治療に入っている。

 ラグビーに導いてくれた父は、すでにいない。昨年6月、母と同じ病で永眠した。優勝して1か月ほどが経ってからだった。
「こんな日が来るなんてな…」
 歓喜にわくオレンジ色の国立競技場をテレビでながめ、言ったという。

「父に優勝を見せてあげられてよかったです」
 今のオレンジの勝利はすなわち、母にとって病魔を追いやり、生き抜く力になる。そのためにも、前川はチームの良化に突き進んでゆく。

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