日本代表 2023.12.15

【コラム】エディー・ジョーンズ、代表監督へ。希代の職業人、日本に還る

[ 向 風見也 ]
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【コラム】エディー・ジョーンズ、代表監督へ。希代の職業人、日本に還る
サンゴリアスvsスピアーズの試合前、フィールドで過ごしたエディー(撮影・松本かおり)

 あの日も似たようなことを言っていたな。

 フランスはトゥールーズの外れにある手狭なアパートでそう感じたのは、取材に行かなかったワールドカップの試合の会見について記事で読んだからだ。

『ラグビーリパブリック』が掲出したのは<「不快だ」。「退席する」。ウェールズに記録的大敗して謝罪のエディー・ジョーンズHC、詰問に苛立つ>だ。

 オーストラリア代表が現地時間9月25日、リヨンでのウェールズ代表戦を6―40で落とした日のレポートである。当時同国を率いていたエディー・ジョーンズが、ちょうど浮上していた疑惑について話している。

 試合前の段階で、ジョーンズには日本代表ヘッドコーチへの就任意志があり、ワールドカップが始まるより先に日本ラグビーフットボール協会(日本協会)とオンライン面談をかわしたのでは、と、報じられていたのだ。

 当該の記事によれば、詰問するジャーリストへジョーンズはこう返答したという。

「なんの話をしているか分かりません」

 2024年以降の日本代表の指揮官について、日本協会は人材コンサルティング会社を介した公募を参照に決めるつもりだった。最終決定は日本協会が下すとも強調した。

 日本協会の専務理事である岩渕健輔は、ウェールズ代表戦時に挙がったジョーンズと自分たちに関する疑念を時間が経ってから否定する。

「(当時、日本協会による)インタビュー(面談)はしていません。ただ、(関連会社がジョーンズを相手に)情報収集をしたことは事実です」

 日本協会をサポートする人材コンサルティング会社が「情報収集」の一環でジョーンズに接触したのは確かだが、日本協会がヘッドコーチ選考に向けてジョーンズにアプローチしたことは決してない、と話したのだ。

 だから本人が日本協会との接触を問われ、「なんの話をしているのかわからない」と述べる会話は、理論上は成立していると取れる。

 ただしウェールズ代表戦のあったその日、かような説明はジョーンズも、日本協会も、人材コンサルティング会社もしていない。

「なんの話をしているのかわからない」の記事から筆者の脳裏に浮かんだのは、以下の所感である。

 あの日も、似たようなことを言っていたな。

 くしくもワールドカップの只中だった。

 現地時間で2015年10月2日。イングランド大会に出ていた日本代表は、南アフリカ代表から歴史的白星を掴むなどして予選プール1勝1敗としていた。初の8強入りに向けて重要なサモア代表戦を、翌日に控えていた。

 大会側の用意したメディアカンファレンスへは、ヘッドコーチを務めていたジョーンズが出場予定選手2名とともに出席した。

 筆者がしたのは事実確認だった。チームを引き締める意図があってか、その週の前半のミーティングでジョーンズが強い口調で訓示したというのだ。控えのプレーヤーから聞いた。

 本人は、こうだ。

「…何のことを言っているのか、わかりません」

 そう。8年後の「なんの話をしているか分かりません」とほぼ同じような反応だった。続く談話はこうだ。

「私はいつも選手と話をしていますが? (証拠の)ビデオテープでもあるのですか? 選手に聞いたというのなら、選手に聞いてみればいいじゃないですか」

 隣に座る選手は下を向いたまま。ちょうど十分な時間が経っていたのもあってか、司会者は「これで会見を終了します!」と打ち切った。

 アイドルに異性とのスキャンダルについて聞いた直後のような幕引きで、背筋にひりつく感覚があった。8年後に「なんの話をしているか分かりません」へ触れてすぐに思い出し、ある種の共通項を見出したくなってしまうくらいには、刺激的な体験だった。

 ちなみに、ジョーンズが怒鳴ったのを証明する「ビデオテープ」ならあった。その様子は、事後のドキュメンタリー番組にそのまま流されていた。

 周辺によると、第一時政権時代のジョーンズは、一筋縄ではいかぬ風情を匂わせていた。選手に突如、激高したり、代表活動期間外にプレーのだめを出すメールを送り続けたり。その性格というか性根が、その後に就いたイングランド代表、オーストラリア代表のヘッドコーチ職が志半ばで終わっていることと無関係ではないという指摘もある。

 それでもジョーンズは名将の冠を掴んだ。日本代表を率いてイングランド大会で3勝したのを前後し、2023年までのワールドカップに通算5度、スタッフとして携わった。1度の優勝と2度の準優勝を果たし、予選プールで2敗以上したのは今秋のフランス大会が初めてだった。

 世界中の指導者と親交があるという国内ラグビー関係者は、こう分析する。

「エディーは、勝つことでチームを保つ」

 ジョーンズが結果を出せるのは、その時々で打ち出すビジョンが妥当だと感じさせ、そのビジョンを実現させる執念があり、何より本当にラグビーが好きだからだ。

 イングランド大会前は、大学の練習試合を含む日本各地でのゲームをほぼ休まず直接視察。2011年までワールドカップ通算1勝の新興国に「世界一のフィットネスと世界一のアタッキングラグビーでトップ10を目指す(後にトップ8と上方修正)」との方向性を打ち出し、1日3~4部練習がデフォルトのタフなキャンプを繰り返した。その延長線上に、イングランド大会での歴史的3勝があった。

 合間、合間には日本のコーチたちに向けた実演講習会をおこなうなど、代表活動期間外もラグビーから離れなかった。

 プロの指導者なのだからラグビーが好きなのは当たり前だと、多くの読者は思われるだろう。

 ただ、プロの指導者にとってラグビーは仕事だ。

 世界中の社会人を見渡した時、自分の仕事と四六時中、向き合い、誰よりも仕事をうまくやるための方法を看破し、それを徹底的に遂行する人がどれほどいるだろうか。

 この視点で考えたら、ジョーンズが希代の職業人であることは論をまたない。

 フランス大会後に本格化したヘッドコーチ選考の過程で、ジョーンズには日本代表を率いる意欲を積極的に話すタイミングと、そうでないタイミングがあった。

 対抗馬と見られたクボタスピアーズ船橋・東京ベイのフラン・ルディケが一貫してメディアの問いに答えていた傍ら、ジョーンズは選考が佳境となるほど他者と距離を置いたような。

 ディレクター・オブ・ラグビーを務める東京サントリーサンゴリアスの練習公開日も、チームが記者とジョーンズとの接触を禁じていた。

 岩渕氏のレクチャーから一夜明けた14日。都内のホールへジョーンズがやって来た。フラッシュが焚かれるなか、日本代表ヘッドコーチの就任会見に臨んだ。

 透明な瞳をぎらつかせ、時折、口角を上げ、身振り手振りを交えて「チョウソク(超速)ラグビー」という新しいフレーズを繰り返した。

 あの日のジョーンズが日本に帰ってきた。

【筆者プロフィール】向 風見也( むかい ふみや )
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーに関するリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポルティーバ」「スポーツナビ」「ラグビーリパブリック」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(共著/双葉社)。『サンウルブズの挑戦』(双葉社)。

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