旅先へも体重計持参。ブラックラムズのネイサン・ヒューズが努力する理由
なぜこのチームで頑張れるのか。
ラグビーのイングランド代表で22キャップ(代表戦出場数)取得のネイサン・ヒューズは、昨季、日本のリコーブラックラムズ東京へ加入。NO8として16試合で奮闘した裏側に、クラブの文化があると語った。
「ブラックラムズには競争があり、居心地のいいところにとどまらず、次のステージへ迎える側面があります。ただ、いざ自分が試合のフィールドに立つとわかれば、それ以外の皆が準備を手助けしてくれる」
身長195センチ、体重126キロの32歳。フィジーにルーツを持ち、ニュージーランドのケルストンボーイズ高を経てイングランドのワスプス、ブリスドル、バースでプロとして活動してきた。
強烈な突進、正確に走者を仕留めるタックル、向こうの攻めのテンポを鈍らせるボールへの絡みは圧巻だ。
ブラックラムズは昨秋の時点で現役日本代表選手がゼロという陣容ながら、12チーム中7位。ここで肉弾戦を支えたひとりが、新外国人のヒューズだった。
クラブ関係者からは、平時の勤勉さや適応力で貴ばれる。
フィジカルバトルの多いイングランド時代と比べ、ヒューズは体重を「6キロ」も減らしていた。心肺機能と筋肉に負荷をかけ、運動量とスピードのある日本仕様の身体を作ろうとしたのだ。
「ヒューイ」ことピーター・ヒューワットヘッドコーチ、タフな鍛錬を課す若井正樹ハイパフォーマンスマネージャーとの共同作業である。ヒューズは続ける。
「ヒューイと若井さんには感謝しなければいけない。他のS&Cコーチも交えて一緒に座り、あとは自分が貢献し、プレーに参加するには何が必要かを考えた。そのうえで(肉体改造の)プランを作ったので、そのターゲット(目標の体重をクリアすること)にはいいマインドで取り組めました」
国際事情に詳しい関係者は、それまでイングランドでプレーしていた時と比べてよりストイックになったのではとヒューズを見る。それがもし本当だとしたら、あらためてひとつの論点が浮かぶ。
なぜこのチームで頑張れるのか。
妻帯者でもある本人はそう聞かれると、普段の暮らしぶりに触れた。選手たちの住居と練習施設が、世田谷区の二子玉川近辺に集中しているのがよいと話す。
「このチームは選手の家族を大事にします。他のチームもそう謳っているかもしれませんが、ブラックラムズはクラブの上の人たち(幹部)がそれを推し進めている気がします。私はチームメイトをブラザーと呼びます。そのブラザーの家族のことを、私は2〜3週間に1回はある(チーム主催の)バーベキュー大会、ファミリーデーを通して知ることができます。おかげでゲームデイには、私の後ろにたくさんの人がいるという感覚が芽生えます。またお互いの家が近いため、妻が他の選手の家族と過ごすこともできます。身体を張っている私たちにとって、家族がハッピーであることが大切。そんななか、ここでは日本にいる家族同士が色々と助け合えるのです」
働きやすい職場で力を発揮できるのは勤め人もプロアスリートも一緒。それと同時に、従業員の勤勉さが求められるのは一般企業でもスポーツチームでも然りだ。新たな環境へ身を置くにあたり、ヒューズはブラックラムズ側にこんな質問をしたという。
「他の国から来た自分に、何を期待していますか」
自分に何を求めているのか、それ以前にどんな組織を目指しているのかを把握したかった。ビジョンを共有したうえで、己を鍛えた。その一環で取り組んだのが、件のウェイトダウンだった。
驚かされるのは、オフにも緊張感を保ったことだ。京都をはじめ日本各地を観光する際も、旅行カバンには体重計を入れている。
「オフシーズンに意識をそらすのは簡単で、食べ過ぎたり、飲み過ぎたりすることはありえます。ただ、体重計があることによって、自分があるべき体型でいられているかを確認することができます。体重計は体調を保つためのツールです。ずっと持ち歩くなんておかしいと言われますが、私は、コンディションを崩して泣く自分を見たくないんです」
国際統括団体のワールドラグビーは、2022年1月に代表資格のルールを改めている。もともと代表経験者が他国の代表となることは原則的にできなかったが、いまは以前の代表チームの活動から3年離れるなどの条件を満たせば、自身か親、祖父母の出生国に関しては代表選出へチャレンジできる。
イングランド代表を離れて久しいヒューズは、フィジー代表入りを狙える。その件について本人は「頭の隅では考えています」とするが、こうも言う。
「イングランドを離れる時から、ファーストプライオリティはブラックラムズにあります」
いまは12月9日のリーグワン開幕を見据える。試合会場では、名前入りのプラカードや顔写真のお面をつけるファンを見つけるのも楽しみだという。
今季最初の舞台は敵地の愛知・パロマ瑞穂ラグビー場。トヨタヴェルブリッツに挑む。