コラム 2023.11.11

【ラグリパWest】地域医療とラグビー。村上秀孝 [村上外科病院/院長、ナナイロプリズム福岡/CEO]

[ 鎮 勝也 ]
【ラグリパWest】地域医療とラグビー。村上秀孝 [村上外科病院/院長、ナナイロプリズム福岡/CEO]
福岡は田川の地から日本ラグビーに貢献する村上秀孝さん。村上外科病院の院長は同時に女子ラグビーチーム、ナナイロプリズム福岡のCEOでもある。右手にはチームのフィギュア、左手には持っているのは2002年、U21日本代表のチームドクターとして南アフリカでの大会に参加した時に当地で買った南半球3カ国対抗の額である



 このドクターはおそらく、今日もランチを摂っていない。いや、摂れない。忙しい。

 午前の診察終了の12時30分を過ぎても、患者は待ち合いにいる。そのまま軽い手術も立ち会う。救急車の受け入れも拒まない。
「麻酔するよー。ごめんねー」
 そう優しくシニアの患者に声をかける。

 村上秀孝である。来年2月で57歳。ヒザを専門とする整形外科医だ。そして、ラグビーのパトロン的存在でもある。

 村上は故郷の福岡・田川にある村上外科病院の院長である。父・直秀が1965年(昭和40)に開院した。今の病床数は60。「筑豊」(ちくほう)と呼ばれるこの地域は、80年ほど前、石炭の産出で景気はよかった。

 今、エネルギーは石油に変わり、にぎわいが去っても、村上は地域医療を途絶えることなく引き受けている。その上で、女子ラグビーチーム、ナナイロプリズム福岡を創り上げた。3年前のことである。

「恩返しですね。ラグビーは人にとって必要な相手を思いやる気持ちや自己犠牲の精神があります。そういう輪を広げていければいいかな、と考えています」

 笑うと普段細い目がさらに細くなり、口角とともに下がる。その村上の「ラグビー好き」を語るエピソードがある。久留米大の医学部に入る前の1年、浪人した。通った北九州の予備校でラグビーチームを立ち上げる。

「高校の時に大分舞鶴や小倉なんかでラグビーをやった子たちがいました。それで、ラグビーをやろうぜ、と。母校にも連絡が行って、かなり怒られた記憶があります」

 母校は愛媛の愛光である。この私立の中高に村上は6年間通った。寮生活をした。
「中2からラグビーを始めました。それまでふらふらしていました」
 若いエネルギーを爆発させるにコンタクトのあるラグビーはもってこいだった。

 ポジションは高大を通じてフロントロー。当時のサイズは171センチ、86キロほどだった。久留米大の医学部ラグビー部時代、「西医体」(にしいたい)では、4年生から卒業までの3年間、決勝に進出した。

 西医体の正式名は「西日本医科学生総合体育大会」。西日本の44医科大学が20競技で覇を競う祭典である。医学生ラグビーマンにとってはもっとも重要な大会になる。
「優勝は5年生の時でした。宮崎大に3−0でした」
 PG1本で勝ち切った思い出は今も残る。

 本格的にラグビー・ドクターになったのは21年前。南アフリカ大会に参加するU21日本代表に帯同した。

「選手たちが一生懸命やっている姿を見ると、自分も熱くなれます。元気になる。その熱を感じ取れるよろこびはプライスレスです」

 2007年には村上外科医院に戻る。その4年後には第7回ワールドカップに、日本代表のチームドクターとして参加した。ヘッドコーチ(監督)はジョン・カーワン。大会は3敗1分で予選プール敗退となった。

 1戦目のフランス戦は21−47だった。村上は振り返る。
「初戦にかけていました。悔しいですね」
 21−25と4点差まで追い上げた時間帯もあった。

 2016年にはサンウルブズが結成される。村上はチームドクターのひとりとして参加した。このチームはすでにないが、当時は日本代表を強化する目的で、スーパーラグビー(現スーパーラグビー・パシフィック)に参入した。村上も3年ほどチームとともに南半球を中心に転戦をした。

 幾多の経験を積み、チーム運営にも乗り出す。一般社団法人「Nanairo lab」(ナナイロ ラボ)を立ち上げ、村上はトップのCEOについた。その下にナナイロプリズム福岡がある。そのチーム結成は3年前である。

 ナナイロ ラボはナナイロプリズム福岡の運営を含め3つの活動を軸にしている。ひとつは「メディカル・プロジェクト」。重度のスポーツ障害、頸椎損傷や脳震とうなどに対して、医療従事者を中心にその対応を強化する。残りのひとつは「社会貢献」。主として地域の人々の健康増進に寄与してゆく。

「元々、中村知春に九州でのチーム創設を説かれていました。それなら、自分が何とかしたいと思っている頸椎損傷や社会貢献活動も組み合わせようと思いました」

 中村は女子7人制日本代表の主将を10年務めた。いわば日本女子の顔的存在。その中村を中心にして、ナナイロプリズム福岡は強豪化への道を歩んでいる。

 今春、太陽生命ウィメンズセブンズシリーズにおいて、全シリーズを通して初参戦する。年間総合順位は4位。最終第4戦の大阪・花園大会では準優勝を飾った。このシリーズは日本で唯一の女子7人制のサーキット大会であり、国内最高峰である。

 直近の地域貢献のひとつとしては、帰国したばかりワールドカップ戦士3人によるラグビー教室の主催がある。10月28日、久留米大のグラウンドで、ご当地出身のSH流大と、CTB中村亮土、FL姫野和樹が子供たちを中心に約200人にラグビーを教えた。

 村上の蒔いた種は大きくその芽を伸ばそうとしている。古い言葉がある。
<医は仁術なり>
 広辞苑によるとその意味は<医業は人を救う博愛の道である>。村上はその医業を越え、多くの楕円球愛好家たちもまた救っているのではないか。ラグビー精神の具現化である。


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