海外 2023.06.01

すべてが詰まったラストゲーム。元フランス代表、マチュー・バスタロー(トゥーロン)が引退

[ 福本美由紀 ]
すべてが詰まったラストゲーム。元フランス代表、マチュー・バスタロー(トゥーロン)が引退
欧州チャレンジカップで優勝したトゥーロン。バスタローが優勝カップを高々と掲げた。(Getty Images)



 今季のトップ14レギュラーシーズン最終節、トゥーロン×ボルドーがマチュー・バスタロー(フランス代表キャップ54)の現役最後の試合となった(5月28日)。
 前半にショルダーチャージでシンビンになり、55分に敵ゴール前ラインアウトからボールを持ち出し、現役最後のトライを決める。その後、ファクンド・イサと交代した。

 スタッド・マヨールのスタンドを埋めた観客からスタンディングオベーションが贈られた。

 試合後の記者会見で、「終わったね」と記者から声をかけられ、「まだ死んだわけじゃないよ」と笑いながら答えた。

「でもそうだね、終わった。長い、長い道のりだった。トゥーロンで終えることができてとても幸せ。チャレンジカップで優勝できていなかったとしても幸せだったと思う。昨季で終わっていたかもしれないキャリアを1年伸ばすことができたのだから」

 シンビン、トライ、スタンディングオベーション、そして勝利。すべてが詰まった試合だった。
「トライはラッキーだった。敵ゴール前のラインアウトからモール、そしてトライすることができた。そのあと、すぐ交代。このトライはコーチからのプレゼントだね。今週、そして今日もとてもはやく時間が過ぎていった。いつも通りに過ごすように努力したけど、ジャージプレゼンテーションの時に『この試合は普通の試合じゃない』と気づいた」と振り返った。

「感情を抑えようとしたけど簡単ではなかった。抑えきれずシンビンになってしまった。プレーオフ進出はならなかったけど、スタッド・マヨールで、しかも勝利で終えることができたのは僕にとってはとても大きな意味がある。このクラブからも、サポーターからも、たくさんの愛情をもらった。僕はグラウンドでそのお返しをしようとしてきた。だからトゥーロンで再びラグビーができるチャンスをもらった時、(恩返しを)実現できるようにあらゆる手を尽くした。この土地も、このクラブも特別だから」

 2011年にスタッド・フランセからトゥーロンに移籍し、欧州チャンピオンズカップで3年連続優勝(2013、2014、2015)。そのうちの1年はトップ14でも優勝した(2014)。
 しかし2019年にトゥーロンを離れる。

「ここで、すべてをやり尽くしたような気持ちだった。チームの新しいプロジェクトは僕をそんなに必要としていないようにも感じていた」
 それがクラブを離れた理由だ。

「2019年ワールドカップ(以下。W杯)の代表メンバーに選ばれなかったこともあったと思う。とても傷ついたし、自分を恥だとも思った。無様だとも感じていた。遠いところに行って新しいことを始めたかった。でもそれは間違いだった。退団したことをずっと後悔していた」

 バスタローがW杯スコッドから外れたことはサプライズだった。
 フランス代表にとってとても苦しい時期だった。バスタローはリーダーとしてキャプテンのギレム・ギラドを支え、ギラドが負傷で不在の間はキャプテンも務めていた。

「代表に選ばれなかったことを消化するのは時間がかかった。でも現役としての時間はもうそんなに多くは残っていない、このまま引きずっていたらキャリアの最後を台無しにしてしまうということに気づいた。しばらくラグビーを楽しんでいないことにも気づいた。過去に生きるのをやめて前に進まなくてはと思った。父親になったことも大きな変化。成長する子供を見ていると、過去を止まっている時間はないと思った」

 2020年12月には左膝に大ケガを負い、復帰戦の2021年11月の試合で新たに両膝を負傷してしまう。復帰が危ぶまれた。
 それでも今季からトゥーロンの共同ヘッドコーチとなったピエール・ミニョニが声をかけてくれた。トゥーロンで再度チャレンジすることにした。
 今季第3節のクレルモン戦で見事に復活した。

しかし、その後も腕、肩とケガが続く。「もう止め時かな」と考え始めた。
「決め手になったのは、4月のペルピニャン戦で80分プレーした後、回復するのに2〜3日かかったこと。身体に無茶をさせてきたけど、ついにブレーキをかける時が来たと思った」

 前週おこなわれたチャレンジカップ決勝(5月19日/対グラスゴー)の前夜、ジャージプレゼンテーションの時にチームメイトに引退することを発表した。
「みんなの集中を妨げなくなかったから言うつもりはなかったけど、『現役の時間はあっという間に過ぎていく。だからしっかり味わえ』と伝えたかった。僕にとって最後の決勝、このチームメイトと戦えて本当に幸せだった」

決勝では後半から途中出場で、久しぶりにCTBとしてプレーした。
「何もかも忘れていて最初は戸惑ったけど、『ラグビーだ、前に進めばいいんだ。だったらできる。俺にボールをくれ! あとはどうにかなる!』と思い切った。周囲が助けてくれてとてもやりやすかった」

 そして掴んだ優勝(43-19)。キャプテンのシャルル・オリボンから手渡されたトロフィーを高々と掲げた。
「優勝はクラブにとってポジティブなこと。このトロフィーがクラブの新しい歴史の始まりになってほしい。このグループはその歴史の一行目を書いた。そうなるようにグループのために最大限のことをしてきた。これからは彼らがトゥーロンの誇りを守っていく。本当にいいグループができている」

 来季からはトゥーロンのプロチームのチームマネージャとしてチームに関わっていく。
「チームの事務的なこと、スポンサーに関わることだけではなく、ピエール(ミニョニHC)と会長と話し合いながらクラブのアイデンティティーを明確にしていく」

 銀河系軍団と言われた黄金時代のトゥーロンの生き証人であるバスタロー。
若いチームにとって、またクラブにとって、これからも重要な役割を果たしてくれるだろう。


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