海外 2023.05.08

「ムッシュー・ドロップ!」ことカミーユ・ロペス。価値ある34歳、まだまだ見ていたい

[ 福本美由紀 ]
「ムッシュー・ドロップ!」ことカミーユ・ロペス。価値ある34歳、まだまだ見ていたい
2019年ワールドカップのアメリカ戦(福岡)ではキックが冴え、プレーヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれた。(Getty Images)



 カミーユ・ロペス、今季7本目のドロップか!ゴールポストの間を通ったー!トップ14のムッシュー・ドロップ!」と現地実況が叫ぶ。

 トップ14第23節。ホームでモンペリエを迎えたバイヨンヌは、60分から70分の間に3つのトライを奪われ、30-30と同点に追いつかれた。
 残り時間4分、味方がピックアンドゴーで繋いだボールを受け取ったカミーユ・ロペスがDGを成功させチームの勝利を引き寄せた。冒頭の絶叫は、その瞬間に出た。

 3連敗していたバイヨンヌは負のスパイラルから脱出した。
 ホームのスタッド・ジャン・ドージェでの満員御礼記録だけでなく、無敗記録も11戦連続に更新された。

 ロペスはプロデビューしてから39本のDGを成功させている。
 今季のトップ14全体では、第23節を終えた時点で19DGが記録されている。そのうちの7本をロペスが決めている。

 DGだけではない。
 11月にFBガエタン・ジェルマンが負傷してからはGKも蹴るようになり、56本中53本成功、成功率約95パーセントと現在リーグトップの成績だ。

 この日の試合では、PK3、コンバージョン3、DG1を100パーセントで決め、さらにトライも挙げた。フルハウスの達成だった。

 巧みにゲームコントロールしながら味方のアタックを指揮し、芸術級のキックパスでトライを演出しする。現地メディアは「水の上を歩く」と表現する。
 キリストが奇跡を起こすようなプレーでチームを救う。神がかっている。
『神ロペ』なのだ。

 ロペス自身、故郷に戻って水を得た魚のように生き生きとしている。

 ロペスがラグビーを始めたのは、バスク地方、バイヨンヌから80キロほど離れた場所だ。人口3000人ほどのモレオンという小さな村のクラブのラグビースクールだった。
 父もプレーしたそのクラブのシニアチームでプレーすることが子どもの頃の夢だった。

 17歳、そして18歳の時に年齢別の大会で国内優勝した。トゥールーズやポー、バイヨンヌ、ダックスから声がかかったが断り続けた。
 モレオンのシニアチームでプレーするという夢をまだ実現していなかったからだ。
 最近のインタビューでは、「外の世界に飛び出すことが不安だった」と振り返っている。

 モレオンのシニアチームでプレーするという夢を実現した時に、当時2部リーグだったボルドーから声がかかった。
「ラグビーは僕の情熱なのだからチャレンジしてみよう」とボルドーのエスポワール(アカデミー)に入団を決めた。2009年、20歳の時だった。

 当時のボルドーのヘッドコーチのヴァンサン・エチェトに「ロペスは走れる。左足でもキックができる。根性もある。でもフィジカルがない」と言われた。
 当時のロペスは身長175センチで体重が96キロ。S&Cコーチの指導のもと、チーム練習の前に朝食抜きで走る日が続いた。1年で10キロ落とした。

 また、この時期に、DGだけではなく、プレースキック、キックオフ、陣地を取るキックなど、あらゆるキックを猛練習した。参考にしたのはイングランドのレジェンド、ジョニー・ウィルキンソンだと言う。

 2年後、ボルドーはトップ14に昇格し、ロペスもプロデビューする。
 そのシーズンの終わりには、フレンチバーバリアンズとして来日し、秩父宮で日本代表と対戦。5か月後にフランスで対戦した時もメンバーに選ばれた。

 翌年(2013年)、フランス代表の夏のNZ遠征で初めてブルーの10番のジャージーを着る。
 4年で、フランス南西部の3部リーグの小さなスタジアムから、オークランドのイーデンパークまで駆け上がった。

 その後、度重なる負傷で代表のチャンスを逃すが、その度に代表復帰を果たし、「ブルーの10番はやはりロペスか」と言われた。

 2019年ワールドカップ(以下、W杯)では、日本大会のメンバーに入った。
 しかし、初戦のアルゼンチン戦でフランス代表スタッフは、HBに若手のアントワンヌ・デュポン(当時22歳)とロマン・ンタマック(当時20歳)を起用することを選ぶ。ロペスはベンチスタートだった。

 前半20-3でリードして折り返したフランスは、後半、アルゼンチンに反撃を許す。69分に逆転された。
 そこで投入されたのがロペスだった。

 DGを放ち、フランスは逆転。そのまま逃げ切り、ノックアウトステージ進出のための貴重な勝利をもぎ取った(23-21)。
 試合後、ンタマックと抱き合って喜びを分かち合っているロペスの姿があった。

 続くアメリカ戦でロペスは80分プレー。ビジョン、判断力、そして完璧なキックパスで3つのトライを演出し、その試合のプレーヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれた。

「準々決勝で終わってしまったけど、W杯で代表キャリアを終えることができて幸せ。フランス代表にとって難しい時期だったけど、素晴らしい思い出しか残っていない。子どもの頃からラグビーに夢中で、テレビで放送している試合は全部見ていた。今も4部や5部のアマチュアの試合も見る。そんな自分にとって、代表でプレーすることは何よりも特別なことだった」と代表キャリアを振り返る。

「クレルモン時代にトップ14(2015、2017、2019年)やチャンピオンズカップ(2015、2017年)の決勝を戦い(2017年はトップ14優勝)、ハイレベルなゲームを経験できたから自分は成長できた。僕はバイヨンヌの未来にはなれない。今は若手に自分が経験してきたことを伝えている。彼らがバイヨンヌでハイレベルなゲームを経験できるよう、クラブの成長の役に立ちたい」と現在の自身の使命を語る。

カミーユ・ロペス、34歳。まだまだ見ていたい選手だ。


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